ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No6

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概要

日本結晶学会誌Vol59No6

田所誠Hydrophilic groupHydrophobic surface(a)(b)baoHN NHN Ni2+ NH H[Ni(cyclam)] 2+OOO OTMAOO図1= Water Molecule親水性ナノ細孔疎水性ナノ細孔階層的エンタティック構造の水.(Water cluster inhierarichical entatic structure.)図2結晶1のチャネル方向(c軸)の構造投影図.(Downview of channel direction along c axis on crystal structure.)(a) 100 K(b) 173 K(c) 223 K O(17)O(6)は占有率0.5で互いにdisorderしていた.図3bはTm(融点197 K)より低温の173 Kで凍結したWMCのX線結晶構造を示している.Tmの前後で第1と第2層の構造はほとんど変化しなかった.しかし,Tmを境に青色太線の第3層(18個のH 2Oのうち,6個が占有率0.5として解析)と緑色の第4層のH 2Oの位置が異なっていた.図3aの100 Kの凍結状態では,第4層のH 2O以外は173 Kの構造とほとんど同じである.特に100 Kの第4層のH 2O(O(9)とO(9)*)は占有率0.5であり,ほぼ1個のH 2Oがカゴ状WMCの中心に局在化していた.第4層のH 2Oが223 KのO(16)とO(17)と同様に,173 KではO(6)とO(10)の2カ所に観測される.これは173 KでもまだH 2Oが動いており,H 2Oの動的な電子密度を2カ所で観測したが,100 KではほぼH 2Oの運動が1カ所に停止していた.173 KでもH 2Oが凍結しないのは,第4層にあるH 2Oがエンタティックな構造だからである.WMCの中心付近のH 2Oが,エンタティックな構造にあり,非常に動きやすく(抜けやすく)なっていることは,中空構造のWMCが存在することから推測できる.Suhらによって報告されたWMCの構造は,組成式が{[Ni(cyclam)]3(TMA)2・24 H 2O} n(1')であり,298 KでWMCの中心付近が中空構造であった(図3d).しかし,この空間的になにもない“真空”状態は,298 KのWMCではまずあり得ない.WMC中心付近のH 2Oが一部抜けて気体のように振る舞っており,壁面ではH 2Oが水素結合され,構造化しているためであろう.私たちは298 Kで100%RHに加湿したキャピラー中に結晶1を封管することで,X線結晶構造解析の測定を試みた.すると,WMCの中空の場所に,図3fのようにはっきりとH 2Oが存在していた.差Fourierによる電子密度マップの解析でも,はっきりとWMC中心にH 2Oの電子密度を観測した.さらに,1を大気中に取り出して,298 Kで30分風乾した.その結晶を223 Kまで急冷し,X線結晶構造解析を測定した構造を図3eに示した.すると,1'と同様な中空構造をもつWMCが得られた.WMCの中心付近では,温度因子の大きなO(7)のdisorderを加味すれば,ほとんど1'と結晶構造が一致した.すなわち,1は大気にさらすと,WMCの中心付近O(9)O(10)O(10)*O(9)*ocaO(17)*bO(6)*boca(d) 298 K (e) 223 K(f) 223 KO(16)aobcbbbaaaoooaaob aocbcc図3結晶1のWMC温度による構造変化と中空構造.(WMC structural changes depending on temperaturesand hollow structures.)のH 2Oが希散した状態をもつ.H 2OがWMCから部分的に抜けることで,水蒸気(τ0~10-11 s)のようにナノ細孔内をH 2Oが自由に動ける構造になったためであろう.X線構造解析は,長時間(~10 4 s)の測定であるため,すべての元素の電子密度は時間平均で求められる.ナノ細孔の壁面との水素結合によってH 2Oの平均滞在時間が長くなり,構造化されて見える動的なWMCとして,中空構造を観測しているのではないだろうか.このような親水性ナノ細孔中のエンタティック構造をもつH 2Oは,その特異な水素結合構造の性質によって,H 2Oの分子内反転に起因する特異な誘電挙動やH 2Oのみを通す蒸散実験による塩透過膜の新原理の確立なども報告されている.6)エンタティック構造に関する議論は,大阪大学名誉教授の中筋一弘教授とのディスカッションに感謝したい.文献1)G. Chaka, et al.: J. Am. Chem. Soc. 129, 5217(2007).2)M. Tadokoro, et al.: Chem. Commun. 1274(2006).3)M. Tadokoro, et al.: J Phys. Chem. B. 114, 2091(2010).4)M. Oguni, et al.: Chem. Asian. J. 2, 514(2007).5)H. J. Choi, et al.: Angew. Chem., Int. Ed. 38, 1405(1999).6)M. Tadokoro, et al.: Bull. Chem. Soc. Jpn. 88, 1707(2015).276日本結晶学会誌第59巻第6号(2017)