ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No6

ページ
53/66

このページは 日本結晶学会誌Vol59No6 の電子ブックに掲載されている53ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol59No6

クリスタリット位相問題Phase Problem結晶による回折X線の測定で得られるのは構造因子の振幅の二乗に比例する強度だけであり,位相の情報は得られない.しかし,何らかの方法で構造因子の位相を求めないと結晶構造がわからない.これを位相問題という.この問題を解決する代表的な方法として,直接法とパターソン関数法とがある.計算プログラムの発達により,低分子化合物については位相問題のハードルはかなり低くなった.ただし,生体高分子について非経験的に構造を解くのは困難であり追加の情報が必要となるため,同形置換法や分子置換法,そして多波長異常散乱法などが開発された.直接法を進化させた形の双対空間法により,小さいタンパク質の構造も非経験的に解けるようになった.(慶應義塾大学自然科学研究教育センター大場茂)アイスルールIce Rules氷中の水素の配置は以下の2つの条件に制約されている.1.1つの酸素原子には2つの水素原子が配位する.2.1つの水素結合上には1つの水素原子のみが存在する.この2つの条件はアイスルール(氷の規則),またはその最初の提唱者であるイギリスのバナール(JohnDesmond Bernal, 1901-1971)とファウラー(Ralph HowardFowler, 1889-1944)の名前を冠してバナール-ファウ1ラーの(氷の)規則)と呼ばれている.アイスルールは純粋な氷ではかなり厳密に成立していることが知られている.ポーリング(Linus Carl Pauling, 1901-1994)は,氷の残留エントロピーの原因が,低温下で水素配置が凍結されることにあると考え,アイスルールから近似的に導出される配置エントロピー(=R ln(3/2)~3.37 JK-1 mol-1:しばしばポーリングエントロピーと呼ばれる)と実験的に得られた残留エントロピー(3.43±0.2 JK-1 mol-1)とがよく一致することを見出した.2)一方で,アイスルールを破る欠陥が氷の電気伝導性や力学的特性に大きく影響することも知られており,3)アイスルールが氷の構造・物性を支配する重要な規則であることがわかる.1)J. D. Bernal and R.H. Foler: J. Chem. Phys. 1, 515(1933).2)L. Pauling: J. Am. Chem. Soc. 57, 2680(1935).3)V. F. Petrenko and R. W. Whitworth: Physics of Ice, Oxford UniversityPress, Oxford(1999).(東京大学大学院理学系研究科小松一生)グラフ理論,オイラー閉路Graph Theory, Euler Circuitグラフ理論とは頂点および辺(頂点と頂点の対)の集合から構成されるグラフを用いた数学の理論のことである.グラフを用いると,原子と化学結合,駅と線路,サーバーとネットワークなど,さまざまな対象をそのつながり方のみに着目して抽象化することできる.グラフ理論において,隣接している頂点同士をたどった頂点と辺の系列を歩道といい,さらに辺の重複を許さない歩道を路と言う.路のうち,始点と終点が同じ路のことを閉路と言い,すべての辺をちょうど一度だけ通る閉路をオイラー閉路と言う.オイラー閉路という名前は,数学者オイラー(Leonhard Euler, 1707-1783)が1736年に発表した“ケーニスベルクの橋渡りの問題”にちなんでいる.オイラーは,ケーニスベルクという町のプレーゲル川にかかる7つの橋をそれぞれ一度だけ渡る散歩道は存在しないことをグラフを用いて証明したが,これがグラフ理論の始まりとされている.(東京大学大学院理学系研究科小松一生)二次相転移のランダウ理論Landau Theory of Second Order Phase Transitions二次相転移では,格子パラメータには不連続がなく,相転移に伴う潜熱もない.すなわち,各温度でただ1つの相のみが存在している.ランダウ(Lev DavidovichLandau, 1908-1968)は二次相転移の転移点の上下にある高対称相と低対称相の違いを秩序パラメータによって記述し,秩序パラメータをギンツブルク・ランダウ(GL)自由エネルギーと呼ばれる表式の中に組み込むことで,温度や圧力といった状態量や電場や磁場などの外場に対し,結晶のマクロな物性がどのように応答するかを予測できることを示した.1)このGLエネルギーをいかに構築するか,というのがランダウ理論の枠組みである.GLエネルギーは転移点の上下で連続的に変化しなくてはならず,かつ結晶の対称操作に対して各項が不変でなければならない.これらの条件から,GLエネルギーに組み込まれた秩序パラメータの基底を制約でき,低対称相の可能な空間群を導出することができる. 2,3)1)ランダウ・リフシッツ(小林秋男他訳):統計物理学第3版,岩波書店(1980).2)高木豊:日本結晶学会誌14, 215(1972).3)岸根順一郎:固体物理(連載)(2009-2012).(東京大学大学院理学系研究科小松一生)日本結晶学会誌第59巻第6号(2017)321