ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No6

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概要

日本結晶学会誌Vol59No6

単結晶中性子回折による地球深部含水鉱物の結晶構造解析用するd値の下限(d min)を0.30 Aとする,非常に高い空間分解能を活かした構造解析を実施した.この値は,Sano-Furukawa, et al.が以前に行った重水化wadsleyiteの粉末構造解析の値(d min=0.96 A)の1/3であり,われわれが以前に行った重水化ringwooditeの粉末構造解析の値(d min=0.6 A)の1/2である. 13),14)単結晶回折法では,粉末回折法では活かせていなかった,高い空間分解能をもつ高次の反射の情報を充分に引き出すことができると考えられる.図2bには構造精密化によって得られた水素の位置と化学結合の幾何学的パラメータを示した.図2c,dおよびeには,中性子散乱長の三次元密度分布を示す差フーリエマップのうち,水素サイトを含む部分を示した.このマップから水素の原子座標の初期配置が推定され,構造解析に反映された.構造解析の結果から,単位格子内に4カ所あるO1サイトの周囲に,4カ所ずつの水素サイトが存在することがわかった.合計16カ所の水素サイトが存在することになるが,それらが同時にH +に占有されるわけではない.陽イオンと陰イオンの電荷のバランスが局所的に維持されるためには,八面体サイトのMg 2+は必ず2個のH +と交換する必要がある.この交換は三種類の八面体サイトのうち,M3のO1サイトの周辺だけで起きていた.この結果は従来の結晶化学的な推論を明確に裏付けるものである.7),9)M3サイトは2個のO1,2個のO3,および2個のO4に配位されているが,そのO1とO4を結ぶ稜に水素サイトが位置する(図2b).O1と水素サイトの間の共有結合距離(O1-H)は,100 Kにおいて0.999(5)A,295 Kにおいて0.987(6)Aであった.このO1-H結合13距離は,重水化wadsleyiteのO1-D結合距離)よりも0.05 Aだけ短い.またO4と水素サイトの間の水素結合距離(O4?H)は,100 Kにおいて2.089(5)A,295 Kにおいて2.105(5)Aであった.これらの距離は,重水化wadsleyiteの水素結合距離(O4?D)13)よりも0.06 Aだけ短い.なおO-H?O角は171°で,含水wadsleyiteの共有結合と水素結合の幾何学的関係はほぼ直線的であった.われわれが合成した含水wadsleyiteには,軽水素以外に負の散乱長をもつ核種は含まれない.したがって軽水素のサイトは,差フーリエマップ(図2c,d,e)が示す中性子干渉性散乱長の空間密度分布における負の極大値として観測される.われわれが実際に観測した負の極大値(-5.3 fm/A 3)は,その他の些少な負の異常よりもはるかに大きな値であった.またこの極大値は,d minを0.30~0.60 Aの間で変化させて作った一連の差フーリエマップのすべてに一貫して存在しており,その場所もほとんど変化しない.ほかの些少な負の異常は,d minの変化による信号-バックグラウンド比の違いの影響で,消えたり現れたりしており,性質が明確に異なっていた(詳しくは原論文のSupplementary information,Fig. S1を日本結晶学会誌第59巻第6号(2017)参照). 16)つまり,われわれが合成した含水wadsleyiteの結晶構造中でH +が存在する場所は,M3サイトのO1とO4を結ぶ稜線だけであって,ほかの場所にはH +は存在しない.この観測事実を別の観点から検証するために,やはりd minを0.30~0.60 Aの間で変化させた反射強度データセット群(温度は100 K)を使って,空間分解能の関数の形でM3サイトに存在するH +の価数を調べてみた(図3).その結果,d minが0.325 Aよりも小さいデータセットから得た価数は一定であったが,d minが0.35 Aより大きなデータセットから得た価数はd minとともに減少した.d min???0.325?Aの高い空間分解能の条件においてのみ,H +の負の散乱長密度の絶対値が,ほかのイオンの正の散乱長の影響を受けることなく,正確に解析されたと考えられる.d min=0.30 AにおけるM3サイトのMg 2+とH +の価数の合計が2.000(4)となり,化学量論的な値と完全に等しくなる事実も,この結論を支持する(図4).0.25Hydrogen valence at M30.200.150.30 0.35 0.40 0.45 0.50 0.55 0.60d min [A]図3空間分解能が異なる反射強度データセットから得たM3サイトのH +の価数.(Total valence of hydrogenaround M3 site a function of d min.)点線は格子定数の比b/aから独立に推定したその値である.Valence3.996(4)43Si2.002(4) 1.992(4) 2.000(4)2H 0.210(4)Mg Mg Mg11.790(2)0M1 M2 M3 T図4含水wadsleyiteの各サイトにおける陽イオンの価数.(Observed valences of all cations at every sites ofthe hydrous wadsleyite.)Table 1aの構造解析結果から各価数を計算した.313