ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No6

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概要

日本結晶学会誌Vol59No6

奥地拓生,プレジャブナランゴー,富岡尚敬待できる品質の単結晶の合成を行い,地球深部含水鉱物としては初の応用を実現した.単結晶中性子回折の測定は,J-PARCの物質・生命科学実験施設と並び最も強いパルス中性子線源である,米国オークリッジ国立研究所(ORNL)のSpallation Neutron Source(SNS)に作られた飛行時間型(Time of Flight:TOF)の回折計を使って行った.本稿では,この手法によるわれわれの最初の成果である含水wadsleyiteの構造解析の方法と結果を紹介する. 16)試料結晶が充分に大きく,その物理的・化学的均質性が充分に高ければ,単結晶中性子回折法が,水素を定量的に解析するための非常に強力な分析手法になり得ることを,改めて実感していただければ幸いである.2.実験の方法2.1単結晶の合成と品質評価MgO,Mg(OH)2の試薬およびSiO 2ガラスの破砕物を,MgとSiのモル比が約2:1の化学組成になり,かつ15重量%のH 2Oを含むように混合した粉末を調製した.合計で約45 mgの調整粉末を,外径4 mmの金チューブのカプセルに入れて口を溶接,密封したうえで,17 GPaの圧力,1380±20℃の温度において6時間保持することで,カプセルの内部に大型の単結晶を成長させた(スロークーリング法). 17)水を多めに封入することでケイ酸塩の部分的な融解を引き起こす.その中で成長するwadsleyite結晶が,ケイ酸塩メルトと化学平衡を保つことで結晶のすべてが均質になるように,合成のH 2O量,温度,保持時間を最適化している. 17)カプセルは充分に大きいので,最大で1 mmのサイズをもつ同一の化学組成の単結晶を,20個以上回収することができた. 17)その中の大粒の結晶をいくつか選び,マイクロフォーカスX線回折装置(Rigaku RINT RAPID II)を用いて結晶構造の同定を行った.すべての結晶がwadsleyiteであったが,その結晶性を確認するために,さらに数個をプリセッションカメラによって撮影して解析し,結晶性が充分に高いことを確認した.ほかの結晶の一部は片面を研磨したうえで,物理的・化学的な均質性を確認するために,断面を走査型電子顕微鏡(JEOL JSM-7001F,EDS分析装置付属)で観察した.さらに,これとは別の数個の結晶を両面研磨したうえで,フーリエ変換赤外吸収分光器(Jasco FTIR-6200)によって赤外スペクトルの空間的な分布を計測することで,水素の濃度分布が結晶の内部で完全に一様であることも確認した.小型の結晶はまとめて微粉末にまで粉砕し,温度295 Kにおいて粉末X線回折計(Rigaku SmartLab)を使って回折パターンを測定し,そこから精密な格子定数と単位格子体積を求めた.高精度の中性子回折データの入手がたとえ可能であったとしても,よく較正された粉末X線回折パターンによる格子定数の精密化は,その正確な値を得るための最も優れた方法である. 17)精密化の結果は,a=5.6865(4)A,b=11.515(2)A,c=8.2545(7)A,V=540.52(5)A 3,およびβ=89.985(13)°である.含水wadsleyiteは単斜晶系(空間群I2/m)または直方晶系(空間群Imma)のどちらかの対称性をもつことが可能なので, 18)その選択のためにβを精密化した(α,γは90°に固定).得られたβは90°のほぼ1σ範囲内にあり,この含水wadsleyiteを直方晶系と判断した.直方晶系の空間群Immaの禁制反射が粉末X線パターンにおいて観察されないことも改めて確認した.以上のとおり,1つの実験カプセルから得られた結晶の品質を,できる限り系統的かつ包括的に評価したうえで,改めてプリセッションカメラによる逆格子パターンから,最も高い結晶性をもつものを選択した.中性子回折用に選んだ単結晶のサイズは約800μmであり,その化学組成は完全に均質であり,双晶,散漫散乱およびインクルージョンはその中にはまったく存在しなかった.2.2単結晶中性子回折中性子回折実験は先に述べたとおり,SNSのTOFラウエ型回折計・TOPAZ 19)において行った.TOFの回折計では,中性子線の検出器をビームの入射・出射部を除いた広い回折角範囲に設置して,低角から広角までの計測を同時に進める.またパルス中性子線のTOFはその波長と比例するので, 19),20)回折の方向が同じで波長(つまりd値)が異なる高次の反射を,検出器への到着時間差によって明確に分離することができる.この設計により,多数の回折点の強度を並行して計測することができるので,単結晶回折の計測の効率は非常に高くなる.われわれが合成することができた含水wadsleyiteの単結晶は,これまでに中性子回折が行われたあらゆる天然含水21),22鉱物の単結晶)よりも,さらに1桁以上体積が小さい.TOFラウエ型の回折計を,SNSの非常に強い中性子線と組み合わせて利用したことで,合成含水鉱物の単結晶構造解析が初めて可能になった.試料単結晶は,微量の接着剤を用いて,顕微鏡下で直径500μmのポリイミドチューブの先端に貼り付けた.このチューブをゴニオメーターにマウントしたものを上記の回折計に設置した(図1).測定時の陽子加速器の出力は約1 MWであった.測定は100 Kおよび295 Kの2つの温度で行い,各温度条件における測定時間は2~3日間とした.最初にごく短時間の計測を行い,強い反射を選んでUB行列を決定した後に,全方位の反射を偏りなく計測できるように,結晶の方位の配置を測定時間に対して最適化するようなスケジューリングを行った.この作業のための専用プログラムCrystalPlanが準備されていた. 23)測定を終えた後に,検出器に記録されたTOFと位置の情報から,各反射強度の積分計算を行った(elliptical integration schemeを利用). 24)強度を決定で310日本結晶学会誌第59巻第6号(2017)