ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No6

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概要

日本結晶学会誌Vol59No6

日本結晶学会誌59,309-315(2017)ミニ特集中性子回折で拓く鉱物結晶学単結晶中性子回折による地球深部含水鉱物の結晶構造解析岡山大学惑星物質研究所奥地拓生,プレジャブナランゴー海洋研究開発機構高知コア研究所富岡尚敬Takuo OKUCHI, Narangoo PUREVJAV and Naotaka TOMIOKA: Quantitative Analysisof Hydrogen Site and Occupancy in a Deep-Earth Hydrous Mineral by Time-of-FlightSingle Crystal Laue Neutron DiffractionWater in the Earth has been transported from the oceans into its deep interior, where it formshydrous deep mantle minerals. Wadsleyite[(Mg,Fe)2 SiO 4]has been considered as one of the mostimportant host minerals incorporating this type of water as hydroxyl groups. To constrain the capacityof water in its structure and also to understand the effect of such water on its physical properties, itis essential to quantitatively determine the hydrogen's site and occupancy in the wadsleyite structure.Here we conduct a neutron time-of-flight single-crystal Laue diffraction study of it. Single crystals,which have size and quality suitable for this method, were successfully synthesized by a slowcoolingmethod at the relevant high pressure and temperature condition. The results unambiguouslydemonstrate a unique incorporation mechanism of hydrogen into the wadsleyite structure.1.はじめに地球の45億年の進化の歴史において,水の存在は特別な役割を果たしてきた.その水が存在する場所と形態としては,海洋や極地にある液体や固体のH 2Oに加えて,地下の固体地球部分にあって含水鉱物を構成する結晶構造中のOH基を考える必要がある.1),2)地表から地球内部へ沈み込むプレートには,海洋底で水と岩石が反応して作られた含水鉱物が必ず含まれている.含水鉱物の形で地球深部に継続的に輸送される水の一部は,そこに存在する鉱物の物理的な性質にさまざまな不均質を誘起してきた.3),4)マントル遷移層(mantle transition zone)は,地球マントルの深さにして410~660 kmの領域であり,海洋からプレートによって運ばれてくる水が,長年にわたって蓄積している場所の1つだと考えられている.5),6)マントル遷移層の最も主要な構成鉱物は,その上半部がワズレアイト(wadsleyite),その下半部がリングウッダイト(ringwoodite)である.この両鉱物相はともに,マントルのより浅い部分の主要な鉱物相であるカンラン石(olivine)の高圧多形であり,(Mg,Fe)2SiO 4の化学組成をもつ.カンラン石が結晶構造中に受け入れることができる水の量がごく限られているのに対して,wadsleyiteおよびringwooditeは,重量にして約3%ものH 2Oを受け入れることが,超高圧合成実験によって明確に示されている.7),8)結晶化学の議論とX線単結晶構造解析の結果との組み合わせから,これらの鉱物が含水化する際には,元々存在した陽イオンを水素イオンが置換したうえで,日本結晶学会誌第59巻第6号(2017)その水素イオンが少しだけ変位して,周囲の酸素とOH共有結合を作ると考えられてきた.9)-12)その後,重水素置換された含水wadsleyiteと含水ringwooditeの粉末が比較的大量に超高圧合成できるようになり,中性子線を使った粉末構造解析の応用が可能になった. 13),14)重水素は中性子の干渉性散乱断面積が大きいため,X線構造解析ではほぼ不可能だった水素配置を直接的に検出することができる.中性子構造解析によって,上記の水素置換反応が実際に起きていることは明確になった.Wadsleyiteとringwooditeの結晶構造はよく似ている.前者は変形スピネル構造,後者はスピネル構造であり,両者ともに酸素イオンが近似的に立方最密充填の配置をとる.ところが,wadsleyiteとringwooditeの弾性定数への含水量の影響を比較してみると,単位濃度当たりの低下の割合は,後者のほうがかなり大きい. 15)このような物性への水の影響の差は,両相において,異なる陽イオンサイトで水素の置換が起きていると考えると説明がつきやすい.水素の置換機構の違いは,それぞれの結晶構造が最大限含むことができる水の量を,異なる形で制約するであろう.以上のように,微少な量の水素の配置と占有率について,丁寧な結晶学的議論が必要な場合には,上記の粉末構造解析の結果だけでは,まだ力不足なところがあると言わざるを得ない.そこでわれわれは,水素の占有率と配置の定量的な解析をあわせて行うことができる手法として,単結晶中性子回折に注目した.高強度パルス中性子線の利用により,条件が揃えば,数重量%程度の少量の水素を精度良く計測できると考えた.手法の効果が期309