ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No6

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概要

日本結晶学会誌Vol59No6

氷XVの部分秩序状態について4.議論は続く~“ほかの秩序相”の可能性~表1氷XVにおける各重水素サイトの占有率.(Occupanciesof D sites in ice XV.)筆者らによる氷XVの論文が発表されて間もなく,Salzmannらによる,反駁論文とも言える中性子回折の結果が発表された. 29)彼らの論文によると,DClを確実にドープさせて,ゆっくりと冷却することで,2009年時の彼ら自身の論文や筆者らの論文にある氷XVよりも秩序度を上げた試料を作ることができ,その粉末中性子回折の結果から,やはりP1モデルが最適であるという結論を述べている.しかし,最適化されたP1モデルの原子座標や占有率を見ると,ほぼPmmnモデルと言ってよいことがわかる.表1にSalzmannらによって報告されているP1モデルの各重水素サイトの占有率と,Pmmnモデルにおける秩序パラメータαによる制約条件,報告された占有率との残差二乗和が最小になるようにαを最適化したときの占有率を示す.これを見ると,占有率の差はたかだか0.05で,報告されている推定標準偏差(e.s.d.)よりは大きいものの,三斜晶系に対するリートベルト解析の一般的な感覚から言えば,誤差の範囲ではなかろうか.Salzmannらは,Pmmnモデルによる解析は不安定であったと述べているが,原子座標や占有率はほぼPmmnモデルそのものであるから,不安定になる要素があるとすれば反射強度ではなく,反射位置の不一致と考えられる.精密化された格子パラメータは,β角のみがわずかに90°からずれており(α=90.033(5)°,β=89.9219(30)°,γ=89.999(6)°),もしこのずれが有意であれば,少なくとも格子系として単斜晶系以下である可能性は考慮しなくてはならない.ここで注意すべきことは,筆者らが最も主張したいのは氷XVがPmmnであるということではなく,有限温度で複数の秩序配置が共存する,ということである.その共存の結果として,回折パターンがほぼPmmnモデルで解析可能である,ということをわれわれは示しているにすぎない.もしP1モデルのみが秩序配置として卓越するのであれば,その場合の水素の占有率はPmmnの対称性の制約を受けないはずであるが,実際には制約されている(表1).この事実は,複数の秩序配置の共存をむしろ支持していると考えられないだろうか.そもそも氷XVの構造が議論になっている原因は,中性子回折と理論計算・誘電率測定との結論の不一致であったので,P1モデルのみで,すべての実験や計算結果と辻褄を合わせるのは無理があるように思われる.以上の理由から,今回の実験温度範囲ではP1モデル以外の配置が共存する,という仮説のほうが最もらしいと筆者は考えているが,さらに低温でより完全な秩序配置に移行する可能性は十分に考えられる.まさにそのような,より秩序度の高い配置への移行を示唆する研究結果が,2017年8月,Gasserらによってプ日本結晶学会誌第59巻第6号(2017)P1 25)PmmnO siteD siteocc.e.s.d.constraintα=0.0502ΔD110.0860.002α0.0500.036D120.9190.0021-α0.950-0.031O1D130.0190.002α0.050-0.031D140.9730.0021-α0.9500.023Σocc(D)1.997D150.5310.0041/20.50.031D160.3190.0041/4+1/2α0.2750.044O2D170.9140.0021-α0.950-0.036D180.2190.0041/4+1/2α0.275-0.056Σocc(D)1.983D190.6810.0043/4-1/2α0.725-0.044D200.4880.0051/20.5-0.012O3D210.7700.0033/4-1/2α0.7250.045D220.0810.002α0.0500.031Σocc(D)2.020D230.9810.0021-α0.9500.031D240.2300.0031/4+1/2α0.275-0.045O4D250.4690.0041/20.5-0.031D260.3080.0051/4+1/2α0.2750.033Σocc(D)1.988D270.7810.0043/4-1/2α0.7250.056D280.0270.002α0.050-0.023O5D290.6920.0053/4-1/2α0.725-0.033D300.5120.0051/20.50.012Σocc(D)2.012レプリントサーバarXivにて発表された.6)1.8 GPaという比較的高い圧力から低温で常圧に回収した氷VIを徐冷していくと,従来発見されている氷XV(これをα-XVと名付けている)に加え,別種の秩序相であるβ-XV相が出現することが示差熱分析や粉末X線回折から示唆される,というのである.この報告が正しいとすれば,氷多形の中で,初めて1つの無秩序相に対応する秩序相が複数見つかったことになる.筆者らの論文中でも氷多形における秩序-無秩序のペアは,もはや1対1のペアではなく,複数の秩序相をもつ1対nの対応関係と捉えるべき,と述べていたが,この考えがさっそく実証されるかもしれない.最後に,氷多形の命名法について筆者の考えを述べておきたい.筆者らの論文では,仮に“ほかの秩序相”が見つかった場合でも,新たなローマ数字は付与せず,例えば氷XV(Pmmn)のように,氷VIの秩序相はすべてXV相と呼び,区別が必要な場合は空間群など付加的な情報を加える,としたほうがよいのではないかと提言している.あるいはGasserのようにα,β,…という表記もよいかもしれない.この提言の理由は,仮に今後“ほかの秩序相”が数多く見つかった場合,それぞれにローマ数字を付与すると表記が煩雑になるばかりでなく,秩序相-無秩序相の対応関係もわかりにくくなるためである.Gasserらは,β-XV相の結晶構造が同定されれば新しい299