ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No6

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概要

日本結晶学会誌Vol59No6

小松一生,山根崚,則竹史哉,町田真一あった段階で,氷VI'に新たなローマ数字が割り当てられるべきであった,と言うべきかもしれない.* 4このPmmnという空間群がもつ対称性とアイスルールによる制約を考えると,Pmmnモデルにある7つの水素サイトの占有率は図5のαで定義される単一の変数で記述することができる.各原子の座標,等方性原子変位パラメータ,αを変数としてリートベルト法による最適化を行うと,αは0.33という値に安定して収束した.3.考察Pmmnモデルは,得られた中性子回折パターンをおおむねよく再現する最もパラメータ数の少ない構造モデルであることは確かだが,より低い対称性をもつ空間群,例えばPmmnと同じ消滅則をもつPm2 1nやP2 1mnの可能性を否定することはできない.氷XVが擬正方格子をもつことを考えれば,さらに低い対称性をもつ空間群が,26回折対称の上昇)によって見かけ上Pmmnモデルから得られる回折パターンと区別できなくなることも十分に起こりうる.Salzmannらは二次相転移に対するランダウ理論, 8)すなわち,高対称相の空間群の既約表現のうち,Brillouin Zoneの原点(Γ点)が活性となる(相転移によって単位格子の大きさが変わらない)既約表現に対応する変位によって低対称相の空間群が制約される,という条件を用いて,P1がその条件に合致すると議論している.確かに,Salzmannらが検討した4つの空間群の中では,ランダウ理論による条件に合致するのはP1のみであるが,部分秩序構造も許容した空間群まで考慮すれば,PmmnやP2 1mnもランダウ理論による条件に合致する.さらにそもそも,氷VI-XV相転移には,大きなヒステリシスが観察されることから明らかに二次相転移ではないため,ランダウ理論の前提条件が崩れているのである.実際,氷V(A2/a)-XIII(P2 1/a)や,氷XII(I42d)-XIV(P2 12 12)のケースでも低対称相の空間群がランダウ理論から制約されるものとは一致していない.したがって,ランダウ理論を根拠に氷XVがP1であるとは必ずしも言えないのである.筆者らは,“今回観察された”氷XVの構造の実態は,「いくつかの“好ましい”配置が共存して,P4 2/nmcから対称性が低下しているドメインが,氷VIの中に点在しているような部分秩序状態」と考えている.実際,配置#39~#42は図5cのようにシームレスにアイスルールを破ることなく隣接することができ,この2×2×1の超構造のエネルギーを計算しても,4つそれぞれの配置の平均エネルギーとほとんど違いがない.複数の秩序配置が氷VIの中にドメインとして点在する,というイメージは,003反射のピーク位置が計算されたピーク位置より明らかに*42009年のSalzmannらの論文では,Kambの論文が引用されておらず,見落とされたようだ.大きい,という中性子回折の結果(図5e)とも一致する.すなわち,氷VIと氷XVの混合物を氷XVの単相としてリートベルト解析した場合,最適化された格子パラメータは体積分率の大きい氷VIよりの値になる一方で,氷VIに比べc軸の大きな氷XVにのみ存在する00lの反射位置は再現できていないのだろう.さらに有限温度で実現する複数の秩序配置の中には強誘電的配置をもつものもあ11るため,過去の誘電率測定の結果)も説明できる.実はこのような複数の秩序配置のドメイン構造とい9う考えは,40年以上前のKambの論文)ですでに示されており,筆者らオリジナルのアイデアというわけではない.しかしながら,40年前にはなかった高強度中性子源による粉末回折測定技術と密度汎関数法による理論計算によって,憶測の域にあったアイデアが,より確からしい仮説になったとは言えるのではないだろうか.一方,上述の議論で,わざわざ“今回観察された”と断った理由は,完全に秩序化した氷XVが将来発見される可能性を残しているからである.最近,Kosterらはドーパントの種類の違いによる氷XIIからその秩序相の氷XIVへの相転移に対する影響を比熱と誘電率測定によって調べ上げた. 27)その結果,HClを添加すると,従来不完全にしか秩序化することのなかった氷XIVの完全な秩序相を得ることに成功している.彼らの誘電率測定によると,HClを添加した氷XIIの緩和時間はNH 3やKOHを添加したそれに比べて4,5桁も早い.すなわち,HClを添加したもの以外は,氷XIVになる前に水分子の配向が凍結してしまい,秩序化できていないという描像が定量的に読み取れる.氷XVの場合でも,さまざまなドーパントが試されているが, 18)現在まで完全な秩序化は達成されていない.同様な状況は氷Ihの秩序相である氷XIにも言える.氷XIの空間群は対称心をもたないCmc2 1とされ,氷の秩序相の中で,唯一明瞭に極性をもつ秩序構造が提案されている.しかし,氷XIがCmc2 1となるのは粒界に析出した不純物が作る局所的な電場のためではないかという理論計算も報告されている. 28)実際,氷XIはKOHなどを添加したときのみに出現し,純粋な氷Ihからはできない.氷XVの場合は,ドーパントを加えない純粋な氷VIからもできているが,この事実から,これまで氷XVの完全な秩序配置が達成されていない理由を推察することができる.すなわち,水分子の運動が低温で抑制されるというカイネティックスの効果に加え,異なる秩序配置間のエネルギー差が少なく,有限温度では最安定以外のほかの秩序配置も共存することで配置エントロピーの利得がある,というのが真の理由と考えられる.従来の研究では,カイネティックスの効果のみが注目されがちであったが,氷XVに関しては配置間のエネルギー差についても今後見直されるべきであろう.298日本結晶学会誌第59巻第6号(2017)