ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No6

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概要

日本結晶学会誌Vol59No6

氷XVの部分秩序状態についてsystem」)を開発し, 23,24)はるかに容易に実験が可能になったこともあり,この氷XVの結晶構造問題を再検討25することにした.原著論文)では,結晶構造だけではなく,その安定領域についても,従来主張されていた温度圧力範囲を修正する必要があることを指摘しているが,ここでは誌面の都合上割愛する.2.実験・計算方法と結果2.1低温高圧その場中性子回折実験解析可能な中性子回折パターンを得るためには,J-PARCの大強度中性子源をもってしても,数mm 3の試料体積は最低限必要となり,このような試料にGPaオーダーの圧力を加えるための圧力セルも直径・高さともに100 mm以上になってしまう.この大容量の金属でできた圧力セルの温度を急速かつ精密に調整するのは至難の技であるが,筆者らの開発したMito systemは,素材や形状を最適化した断熱材を用い,冷却する容量を最小にしたうえで,液体窒素が気化した窒素ガスの流量をマスフローコントローラーによって精密に調節することで,これを可能にしている. 23)Mito systemに関する詳細は既報の解説24記事)を参照していただくこととし,ここでは氷XVの実験に関することのみ紹介する.氷XVの良質な粉末回折パターンを得るには,その無秩序相である氷VIの良質な粉末,すなわち粒径が小さくそれぞれがランダムな方位をもつ多数の単結晶の集合体,を得る必要がある.氷VIは液体の水を室温で加圧すると最初に現れる高圧相であるが,室温付近では容易に粒成長が起こってしまう.そこで,出発物質となるDClを0.01 mol/L添加したD 2Oを一度常圧付近で200 K程度まで冷却し,氷Ih相を得た後200 Kのまま加圧すると,Ih→II→VIと複数の相転移を経ることで氷VIの良質な粉末を得ることができる(図1).こうしてできた氷VIを1 GPa付近で80 Kまで0.2 K/minで徐冷することで,氷XVの生成を期待したが,われわれが行った実験方法では,高圧下での冷却中,明瞭な秩序化を観察することはできなかった.これはおそらく,常圧で冷却し氷Ihを得るときに,添加したDClが粒界に析出してしまい,氷中の水素結合を破断して秩序化を促進する役割を果たせなくなったためと考えられる.高圧下では,秩序化の傾向は見られなかったものの,低温のまま常圧まで減圧し,さらに130 Kまで昇温する過程で,秩序化に対応するピークが成長している様子が観察された(図2).相転移速度は非常に遅く,相転移開始から10時間以上経過した後でも,徐々にピーク面積が増大することから,現実的な実験時間の範囲内では秩序化は収束しないことが明らかであるため,ここで再び80 Kまで徐冷し,相転移の進行を止めた状態で構造解析のための中性子回折パターンを取得した.日本結晶学会誌第59巻第6号(2017)ちなみに,あえてDClを添加しない試料についても,同様の温度圧力パスで実験を行ったが,わずかに秩序化の程度が小さい以外は,DClを添加した場合とほぼ同じ速度で秩序化が進行している様子が観察された.このことからも,われわれの実験では,氷の格子中にはDClはほとんど取り込まれておらず,秩序化の促進効果は限定的であったことがわかる.逆に,これから述べる実験結果はDClの有無には依存しない,ということも指摘しておく.2.1 45の完全な秩序構造モデルによる解析図2に見られる,秩序化に対応する新たに出現したピークは,すべて氷VIの格子パラメータに対して整数の指数を与える.そこで,氷XVの単位格子の大きさが氷VIと同じであると仮定し,アイスルールを満たす可能な秩序構造を考えることにする.氷VIに限らず,氷Xを除くすべての氷多形は,水分子と水分子どうしをつなぐ水素結合によって記述することができる.そこで,各原子の位置の詳細には目をつぶり,水素結合によるつながり方のみに注目する.すなわち,結晶中の酸素原子を頂点に,水素結合のドナーからアクセプターに向かう矢印を辺に配置した有向グラフで,氷の結晶構造を表現する.これを利用すると,氷中の水素配置を規定するアイスルールは,“2-in,2-out”すなわち1つの頂点(酸素原子)に入ってくる矢印が2つ,出ていく矢印が2つになる,と言い換えることができる.この事実は,グラフ理論の中でも最も有名なオイラー閉路の問題-すべての頂点において,各頂点に入る辺と出る辺の数が一致していれば,そのグラフは一筆書きできる-と深く関係している.すなわち,アイスルールを満たすものは,結果的にこの(有向)オイラー閉路の条件も満たすことになる.ちなみに無秩序相には決まった水素結合の向きがないため,無向グラフで記述すればよい(図3).氷VIは独立した2つの水素結合ネットワークが相互に貫入した構造をもち,それぞれのネットワークは単位格子内では5つの酸素原子とそれらをつなぐ水素結合か図2氷VIから氷XVへの相転移を示す中性子回折パターン.(Neutron diffraction patterns showing the phasetransition from ice VI to ice XV.)295