ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No6

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概要

日本結晶学会誌Vol59No6

大場茂も有望な空間群を選ぶ.表4に示した例では3つの候補(P2 1/m,P2 1,Pm)のうち,ほかに比べてR1が明らかに小さいことから,空間群はP2 1と判定された.なお,最終的に選ばれなかった空間群についても,必要に応じてユーザーがさらに精密化を行って検討できるようにするために,候補となった空間群それぞれに対応させて,ファイル名を_a,_b,_cなどで区別して,resおよびhklファイルが出力される(図5).このように反射データのファイルも個々に出力するのは,軸変換ならびに指数変換を行う場合もあるからである(後述参照).5.lxtファイルの見方SHELXTに空間群の決定を任せるとしても,ユーザーは少なくとも印字出力ファイルlxtで大事なところを確認しておく必要がある.lxtファイルには最初に定型部分(各種オプションの説明およびデフォルト値)のリストが示され,その後に,「Command line parameters(入力された変数)」として,○○.insや○○.hklの○○にあたるファイル名が示され,指定されたオプションがあればその後に続く.ちなみに「-t3」というようなオプションが入っていたとしても,構造の決定には直接かかわらない.これはthread(スレッド),つまり計算機の並列処理の流れを何本にするか(この場合3)という指定であり,その本数はプログラムが自動的に判断している.そして,パターソン関数のピーク座標のリストの次に,双対空間ループの結果が続き,CFOMが最も大きい解についてのP1としての位相誤差α0が示されている.lxtファイルの最後の部分「Space group determination(空間群決定)」をよく見てほしい.候補として選ばれた空間群が1つだけのときはもうそれで決定である.もし候補が複数ある場合,その中に正しい空間群があるのはまず間違いないが,最終的にプログラムが判定した空間群が正しいとは限らない.特にFormula(これは水素を除く非対称単位中の化学式)が予想通りであるかどうかに注目する.また,そこに予期せぬ元素(Cl,BrまたはI)が仮定されていたら,電子密度を解釈するためにプログラムが便宜上これらの元素を仮に割り当てたことがわかる.実際,このように想定外の重原子が結晶中に含まれている可能性もあるであろう.しかし,構造モデルが正しくないため,電子密度が異常な結果になったというサインともみなせる.6.SHELXTでの計算例著者が保有している反射データで計算をいくつか行ってみた.その例などを以下に紹介する.6.1三斜晶系P1合成して得られた有機化合物C 16H 20O 2はラセミ体であり,結晶は三斜晶系で,結晶の密度からZ=2である.SHELXTでP1として位相が計算された後,α0が0.057と(0.3よりも)小さいことから対称心のある構造と判定された.SHELXTが空間群をどのように判定するのかさらに明らかにする目的で,上記と同じデータを用いて動作試験を行った.すなわち,insファイル中のSFACにわざとBrを追加してSHELXTを走らせてみた.これにより,α0が小さいけれどもP1とP1の両方が空間群の候補とされる.そして,どちらを仮定しても化学式は(Brを含まず)正しく求まり,等方性での精密化後のR1はそれぞれ0.178と0.182となった.P1のほうがR1がわずかに低いが,構造モデルとしてモニター画面に現れたのは独立1分子(つまりP1のほう)であった.このようにR1にあまり差がない場合,対称性のより高い空間群のほうを選ぶという判断が働くことがわかる.6.2単斜晶系P2 1重原子を含まない有機化合物(I)C 12H 13FN 2O 3Sはキラルであり,その合成方法から一方の対掌体だけに限られていたが,念のために空間群はゾーンケ群に限定しないで解析する.結晶は単斜PでZ=4である.SHELXTでP1として構造が解かれ,α0は0.697であった.この値が0.3よりも大きいので対称心なしと判定され,対称心のない空間群6個が検査された(表1).その結果,αが0.3よりも小さい空間群としてP2 1だけが候補として選出された(表5).電子密度から推定された化学式(Formula)は,独立な2分子に対応して分子式のほぼ2倍である.ただし,NやOの一部がCとして間違って割り振られた.プログラムのユーザーは初期構造モデルの画像を疑いの目で見て,化学的知識を基に元素の修正を加える必要があることは言うまでもない.6.3直方晶系P2 12 12 1キラルな有機化合物(Ⅱ)C 13H 15ClN 2O 3と(Ⅲ)C 13H 15BrN 2O 3は一方の対掌体だけに限られており,どちらの結晶も直方Pである.SHELXTでP1として構造が解かれ,α0はそれぞれ,0.701と0.320であった.この値が0.3よりも大きいことから対称心なしと判断され,どちらも対称心のない空間群56個について検査が行われた.その結果,αが0.3よりも小さい空間群としていずれもP2 12 12 1だけが候補として選出された(表5).なお,結晶中に21Scよりも重い元素を含む(すなわちSFACで指定された)場合,α0表5キラルな有機化合物(Ⅰ)~(Ⅲ)の空間群決定.(Space group determination of chiral organic compounds.)結晶R1Rweakα空間群FlackFormula(Ⅰ)0.120.0300.002P2 10.13C27 F2 N2 O5 S2(Ⅱ)0.100.0260.001P2 12 12 10.03C13 N3 O2 Cl(Ⅲ)0.070.0220.004P2 12 12 10.04C14 N O3 Br290日本結晶学会誌第59巻第6号(2017)