ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No6

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概要

日本結晶学会誌Vol59No6

大場茂図4空間群P1の本来の原点.(Standard origin of P1.)図中の小さい○は対称心を表し,破線はP1としての単位胞の取り方の例を示す.図3パターソン重ね合わせ最小関数.(Patterson superpositionminimum function.)だけずらした先鋭化パターソン関数を各グリッド点について計算し,値の小さいほうをとることでパターソン重ね合わせ最小関数Ps(u)が得られる.5){ ( ) ( ? )}Ps( u) =min P u + v 2 , P u v 2(11)単位胞中の原子数をNとし,それぞれの原子間ベクトルが重ならないと仮定すると,パターソン関数のピークがN 2-N個であるのに対して,その重ね合わせ最小関数のピークは2N-2個となる.これは,元の構造とそれを反転したものとが重なった像に相当する.5)選んだパターソン関数のピークがもし2つの異なる原子間ベクトルが重なったものであるときは,重ね合わせ最小関数は2つの部分構造にそれらを反転したものとが加わった像となる.いずれにしても初期構造モデルとしては不完全であり余分なピークもかなり残っているが,それでもランダムな構造モデルよりは数段ましである.なぜなら空間群P1を仮定するので,単位胞中の原子の相対的な位置さえ正しければ,構造モデルとして申し分ないからである.2.3 P1で構造を解く背景古典的な直接法が盛んに行われていた頃に,構造が解けないときの解決策として,対称性を下げて空間群P1を仮定すると比較的小さいタンパク質も含めて構造が効率良く解けることがわかった.6)なお,どのような単純格子の空間群であっても,P1はその部分群であるため,形式上解析が可能となる.また,複合格子の場合は軸変換して単純格子にすることはせず,例えばC底心格子のときは空間群C1(つまり単位胞内にC底心以外に対称性が存在しない構造)として取り扱う.このような場合も含めて便宜上P1と呼んでいる.対称心の有無をはじめとして,本来の正しい空間群を仮定したほうが位相がある程度制約されるため,理論的に位相問題のハードルが低いはずである.それならばなぜ,P1を仮定すると解が得やすくなるのであろうか.それは,位相が柔軟に変化することで,偽の解に陥りにくくなるためと推定される.ただし,P1で構造が解けても,本来の空間群の標準的な原点のとり方(場合によっては結晶軸のとり方も)合わせる必要がある.例えばP1であれば,対称心の位置を見出して原子座標をずらさなければならない(図4).P1の場合,対称心であれば,そのどの位置を原点に選んでもよい.しかし,対称性が高くなってくると,単位胞中に非等価な対称心が存在する場合も出てきて,その判別もしなければならない.このような原点シフトの作業は手間がかかるので,どのような空間群に対しても自動化するアルゴリズムが考案された. 6,7)ただし,対称要素を探し出してからそれらを組み合わせて空間群を割り出す7)のではなく,各空間群に対6してP1の位相が適合するか検査する方法)をSHELXTでは採用している.2.4分解能の改善分解能とは分離して認識できる2点間の最小距離のことであるが,便宜的にX線回折法では測定した反射データの面間隔の最小値d minをさす.d min= 1 ( 2sinθλ)(12)max回折強度測定で高角側の反射がほとんど得られないと電子密度の分解能が不十分で,構造モデルが得にくくなる.これは特にタンパク質結晶の構造決定において問題となる.この困った状況を手軽に改善する方法が考え出された.それはある分解能の範囲内で,測定されていない反射の振幅と位相を(推定される電子密度を基に)計算して双対空間法に導入するという方法である.8)これにより,(次に計算する)電子密度が改善され,それに伴ってほかの反射の位相も改善されるという仕組みである.測定していない反射データを外挿するというこの方法は俗にfree lunch法と呼ばれ,SHELXTでも採用している.そのデフォルトの分解能はd min=0.8 Aであり,これは2θmax(Mo Kα)=52.7°に相当する.ただし,反射データの分解能があまりにも低くて外挿の範囲が広くなると,反射の振幅と位相を正しく推定することが難しくなる.8)286日本結晶学会誌第59巻第6号(2017)