ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No4

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概要

日本結晶学会誌Vol59No4

日本結晶学会誌59,139-142(2017)最近の研究動向H. D. FlackのX線結晶学に対する貢献慶應義塾大学自然科学研究教育センター大場茂Shigeru OHBA: Contributions of Howard D. Flack to the X-ray CrystallographyBased on the papers of late Howard D. Flack, his great contributions to the X-ray crystallographyhave been briefly reviewed especially on the glossary, the determination of absolute structure, andclassification of the space groups.絶対構造に関するフラック変数で有名なHoward D. Flackが本(2017)年2月に亡くなった.すでに追悼文も出されている.1)ご冥福を祈るとともに,彼が発表した論文をもとに結晶学への彼の少なからざる寄与を振り返ってみたい.ただし,ここでは解説という点に重きを置くことにする.1.絶対構造と絶対配置1.1用語の明確化「絶対配置(absolute configuration)」は分子などのキラルな構造に対して,その鏡像体との区別まで含めた絶対立体配置のことであり,この用語は化学の分野で古くから使われてきた.「絶対構造(absolute structure)」とは,対称心をもたない結晶構造に対して,その反転構造との方位の違いの区別も含めた絶対立体構造のことをいう.この用語を最初に明確に定義したのはJones(1984)であり,2)Flackはこの用語を結晶学の分野に広く普及させた.3)2なお,このJonesの論文)には,この用語がすでに散発的に使用されていること,そしてその例としてOhba,Saito, et al.(1982)4)を引用している.これは私の恩師である齊藤喜彦先生が,従来からabsolute structureという語句を(ただし当時はabsolute configurationとほぼ同意語として)使用していたからであった.FlackはGlossary(用語集)を論文に入れるなどして用語の定義を明確にし,そして特殊な用語についてはその最初の出典を示すことに努めた.例えばキラリティ(clarity)はケルビン卿による造語とのこと.5)Flackが自分で導入した用語としてゾーンケ群(Sohncke space group)がある.6)彼が推奨して定着しつつある用語には,このほかに共鳴散乱(resonant scattering)がある.7)1.2絶対構造決定に関する変遷対称心のない結晶構造の場合,それがキラルかどうかにかかわらず,X線回折に使用した結晶試料が構造解析のモデル構造と対応するか,それともモデル構造を反転させなければならないかを判定する必要がある.これを「絶日本結晶学会誌第59巻第4号(2017)対構造の決定」という.かつてはモデル構造をわざと反転させ,その前後におけるR因子の差が統計的に有意であるかを評価するハミルトンテストが広く用いられた.しかし,理論的にも実用上も不完全な方法であることから,1981年にRogersは変数ηを最小二乗法の1つのパラメータとして導入する方法を提案した.8)それは各原子の共鳴散乱項(異常散乱項ともいう)を次のように仮定する.?f = ?f’+ iη?f”(1)η=1であれば絶対構造が正しく,η=-1であればモデル構造を反転しなければならないことを意味する.これに対して,Flackは適用性がより広い方法としてフラック変数xを提案した.9)すなわち,対称心のない結晶構造に対して試料結晶を反転双晶とみなし,構造が反転している分域の双晶比率をxとしたとき,回折強度は次のように表される.( ) = ( ? ) ( ) + ( )2 2I hkl 1 x F hkl x F h k l(2)x=0であればモデル構造が正しく,x=1であれば反転させた構造のほうが正しい.またx=0.5であれば1:1の反転双晶に対応する.これらの解析法の優れた点は,変数の値だけでなくその標準偏差も得られ,それにより絶対構造判定の信頼性がわかることである.3),10)そしてその後,約20年にわたって構造パラメータとともに最小二乗法でフラック変数を求める,いわゆる古典的解析法が一般的に行われた(表1).しかし,軽原子(酸素あるいはそれよりも軽い原子)だけからなる結晶についてCu Kαで測定した場合に,フリーデル対の強度差から絶対構造の判定が実際に可能であるにもかかわらず,それらの化合物に対して常に標準偏差σ(x)が大きくなるという矛盾が明らかとなった.この問題を解決すべくHooft変数なども提案された. 12)ただし,それは実質的にフラック変数と同じ意味をもつ変数であったが,解析方法に見直しをせまる契機となった.Flackらによる検討の結果,絶対構造決定のための情報源はフリーデル対の強度差D(hkl)なのであ139