ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No4

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概要

日本結晶学会誌Vol59No4

バクテリアにおけるヘムの獲得と輸送の構造生物学図5黄色ブドウ球菌のIsdHタンパク質によるヘモグロビンからのヘムの獲得.(Heme acquisition fromhemoglobin by IsdH.)(a)4分子のIsdHがヘモグロビン4量体を取り囲むように結合している.16)点線で描いた部分がIsdHのモノマーに相当する.IsdHはNEAT2-linker-NEAT3の3つのドメインを含んでいる.NEAT2ドメインはヘモグロビンとの結合に寄与しており,ヘムの結合には直接関与していない.(b)IsdHのNEAT3ドメインがヘモグロビンのヘムに近接している.NEAT3ドメインのTyr642はヘムの軸配位子となる.役割をもっていることが示唆される.つまり,単独のドメインではヘムの奪取はできないが,高次構造の形成によって各ドメインの機能が統合されて効率の良いヘムの移動を可能にしている.3.ABC型ヘムトランスポーター図1で示したように,外膜レセプターによってペリプラズムへと運ばれてきたヘムは,ペリプラズムヘム結合タンパク質(PBP)(図6a)に渡され,内膜で機能するヘムトランスポーターと複合体を形成する.ヘムトランスポーター(インポーター)は,生体エネルギー物質であるATPの加水分解反応を駆動力として利用するATPbindingcassette(ABC)トランスポーターファミリーに属する.これまでにさまざまなタイプのABCトランスポー日本結晶学会誌第59巻第4号(2017)ターが発見されており,バクテリアからヒト由来のものまで10種類以上の結晶構造が決定されてきた.しかし,これらの基質認識・ATP結合や加水分解反応と基質輸送の共役という基本的な現象のメカニズムの詳細な理解にまで至っていない.17)ヘムトランスポーターの基本構造はさまざまなバクテリアで共通しており,膜貫通サブユニット(TMD)とATP結合サブユニット(NBD)が2:2の複合体を形成する(図6b).18)TMD領域のフォールドは,薬剤排出やアミノ酸や糖の取り込みを担うABCトランスポーター19),20)とは大きく異なっており,合計20本のαヘリックスで構成されるビタミンB 12トランスポーターと同じタイプである.ヘムトランスポーターがヘムを細胞質へ輸送するためは,タンパク質の構造を大きく変化させると予測されていた.最近になり,TMD領域が18細胞質側(内側)に開いた状態)と細胞の外側(ペリプ21ラズム側)に開いた状態)の2つの構造が明らかとなったことで,膜貫通ヘリックスの大規模な再配置によってチャネル出口が開閉する仕組みが明らかとなっている.図6bとcはセノセパシア菌由来のヘムトランスポーターの内開きコンフォメーションである.18)ヘムは結合していない状態のPBPとの複合体(BhuUV-T)が決定されている.その中央には縦に細長い空洞状のヘム輸送経路(チャネル)が存在し,ヘムの出口となる細胞質側に大きく開いていることから,この構造は反応サイクル中では最後の段階であるヘム輸送直後の状態(posttranslocationstate)と見なせる.一方,図6dは,ペスト菌由来のヘムトランスポーター(HmuUV)の外開きコンフォメーションの構造であり,細胞質側の出口部分は疎水性残基によって完全に閉じているが,ペリプラズム側にはちょうどヘムが1分子入るくらいの大きさのポケットが観測された.21)この状態はresting型の構造の1つと考えられる.ヘムの移動について考察すると,図6bの複合体構造では,PBPの2つのドメイン間のヘム結合部位のおよそ半分のスペースをTMDサブユニットから少し突き出した短いヘリックス(H5a)が占有している.おそらく,ヘムを渡すための複合体形成の際には,TMDがPBPの2つのドメイン間の相対配置をかえることでヘムの親和性を低下させ,ヘムの移動後はこのH5aヘリックスの占有がゲートを閉じることになり,それがヘムの逆流を防いでいると考えられる.ヘムトランスポーターの内開き構造で観測された細長いヘム輸送チャネルの表面を構成するのはモノマー当たり28個の残基であるが,その3分の2は疎水性側鎖であり,のこりは親水性の残基である.ヘムの配位子となり得るような残基(His/Tyr/Cys/Met)は存在しない.ほかのトランポーターやイオンチャネルなどでしばしば見られるような一時的な基質のトラップ部位が輸送経路に169