ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No4

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概要

日本結晶学会誌Vol59No4

バクテリアにおけるヘムの獲得と輸送の構造生物学2.ヘムの捕捉とレセプターへの移送2.1 HasA型ヘモフォア病原菌(セラチア菌や緑膿菌など)は,ヘムに対して高い親和性をもつヘモフォアと呼ばれるタンパク質を細胞の外に分泌し,感染した宿主のヘム結合タンパク質内のヘムを奪って菌の外膜のヘムレセプタータンパク質へと運び入れる(図1).セラチア菌のヘモフォアであるHasAはヘムに対して解離定数が18 pM以下という非常に高い親和性をもつ.HasAのヘム結合型の構造では,ヘムが溶媒領域にかなり露出した状態で結合しており,His32とTry75側鎖が配位している(図2a).4)ヘムの結合にあたってHis32を含むループが大きく構造を変化させ5る.HasA-HasR複合体の結晶構造解析)によって,ヘムの受け渡しの様子が詳細に明らかになった(図2b).外膜レセプタータンパク質であるHasRは,22本の逆平行βストランドからなるβバレル構造を形成している.HasAがHasRに結合すると,まずHasAの中のヘムに対する2つの配位結合のうちの1つ(His32)が除かれる(図2c).Ile671Gly変異体ではヘムの移動が阻害されていたことから(図2d),次のステップではHasRのIle671残基が立体的にHasAのヘム結合位置に入り込んでくることでヘムがHasAから排除されるシナリオが考えられる(図2e).図2セラチア菌のHasAと外膜レセプターHasR.(Structureof hemophore-receptor complex.)(a)ヘモフォアHasAのHis32とTyr75の配位によってヘムが結合した構造.(b)HasA-HasR複合体.5)(c)HasRがないときのHasAの構造(ヘム結合型)(d)HasRのループのIle671をGlyに変異させて複合体を形成させると,ヘムの移動が起こらない.(e)野生型のHasRの場合には,ヘムはHasAからHasRへと移動しており,元々のHasAのヘム結合部位にはHasRのループのIle671が入り込んでいる.日本結晶学会誌第59巻第4号(2017)このようなHasAとHasRの双方の構造変化によるヘムの親和性のコントロールによって,HasR自身のヘムの解離定数が0.2μMとそれほど高くないにもかかわらず,HasAからHasRへの移送が可能となっている.ここまではエネルギーに非依存的に進むが,ヘムがHasRの中を透過してペリプラズムへと放出されるためには,バレルの中のブラグと呼ばれるドメインの動きが重要な役割を果たすと考えられる.この過程では内膜のプロトン駆動力をHasRに伝達する必要があり,内膜に結合した6TonB-ExbB-ExbD複合体)がそれを担っている(図1).セラチア菌の場合にはHasB 7)と呼ばれるTonB型のタンパク質が機能しているようだが,これらのタンパク質による内膜から外膜へのエネルギー伝達メカニズムは明らかになっていない.2.2 HxuA型ヘモフォアヒトの血清中では,ヘモペキシンと呼ばれるヘムと強く結合する(解離定数<1 pM)糖タンパク質がヘムの輸送や再利用に重要な役割を果たしている.溶血の際にヘモグロビンから血中に遊離したヘムは酸素と反応して活性酸素種を産生する危険な分子となるが,ヘモペキシンやアルブミンと結合して反応性の低い安定な形で存在すると考えられている.ヒトの呼吸器官に感染するインフルエンザ菌は,このヘム結合型のヘモペシキンを標的としてヘムを奪う.まず,ヘモペキシン単独での立体構8造)から見てみると(図3a),2つのβプロペラドメインが20残基のリンカーでつながっている.このリンカーはヘム結合部位の形成に主要な役割をもつ.リンカー部位のHis213とC末端ドメインのHis266がヘムに配位している.その他にも8つの疎水性残基がヘム結合部位を形成し,Arg,Tyr,Hisなど複数の残基がヘムのプロピオン酸基と相互作用することでタンパク質分子内にヘムの90%を埋没させている.このように強固に結合したヘムをインフルエンザ菌のヘモフォアHxuAはどのようにして剥がしとるのだろうか.HxuA-ペモペキシン複合体の結晶9構造)を図3bに示す.HxuAはねじれたβヘリックス構造である.複合体中でのヘモペキシンはC末端ドメインのみが結晶化に用いられているため,ヘムは結合していないが,この構造からヘム奪取のメカニズムのヒントが得られる.まず,HxuAの分子の中心から大きくはみ出しているループ(残基番号712-723)領域が,ちょうどヘムの結合部位とオーバーラップしていることがわかる.このループはモバイルループ(M-loop)と呼ばれ,ヘモペキシンのヘム結合部位に入り込んで静電的な相互作用をしていることから,ヘムの解離に重要な役割をもつと推測される.さらに興味深いのは,ヘム結合型の全長ヘモペキシン単独の構造(図3a)と複合体の構造(図3b)を重ね合わせてみると,ヘモペキシンのN末端ドメインがHxuAと衝突してしまう(図3c).したがって,複合体167