ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No4

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概要

日本結晶学会誌Vol59No4

浅香透,漆原大典特異な組織構造をもつ試料など,単結晶X線構造解析に供する結晶が得られない場合には,電子顕微鏡による構造解析はいまだ有効な手段である.特に収束電子回折法による精密構造解析は高い実験・解析技術が必要であるにせよ,手法として確立していると言えよう.4)さらに最近では電子線によるプリセッション法も開発されている.5)この方法では,通常の電子回折実験では避けることのできない動力学的回折効果を大幅に軽減し,運動学的回折の寄与が大部分を占めた回折パターンを得ることができる.それにより,正確な値に近い構造因子の算出が可能になり,単結晶X線回折と同様に初期構造の導出や構造の精密化ができる.この手法は,電子顕微鏡へのハードウェアの追加が必要であり,現在のところ広く普及しているとは言えないが,単結晶X線回折では対象とならないサブミクロン以下の領域の構造解析について強力なツールである.最近では装置構成が見合うものであればソフトウェアのインストールだけで,プリセッション電子回折法を行うことができるシステムも開発され,6)今後の幅広い活用が期待される.2.2高分解能走査透過電子顕微鏡法近年の高分解能STEM法で最も用いられている環状暗視野(ADF:Annular dark-field)STEM法では,その結像原理に干渉の効果を含まないため,原子位置(原子カラム)の直読性が良く,実空間での構造解析への応用が期待される.しかしながら,実際には電子線を走査して像を収集する際の試料ドリフトや外乱によるノイズ,電子線の複雑なチャネリングの効果などにより,正確な原子位置の評価は困難であった.そのような中,Kimotoらは,同一領域に対して,高速で電子線を走査し収集した像を多数,相互相間をとりながら位置合わせをし,重ね合わせることで試料ドリフトの問題を克服した.7)結果としてS/Nも良い,電子線走査に関係した歪がない像を得ることに成功した.さらに各原子カラム上での電子線のチャネリングを計算し,像コントラストを正確にシミュレートすることで,数ピコメートルの精度で原子位置を評価することに成功した.この研究は以降のSTEM法を用いた研究に大きな影響を与え,特にドリフト補正については,最近では純粋な構造解析に限らず,高分解能STEM観察に広く使われてきている.Kimotoらの研究は球面収差補正器を備えていない電子顕微鏡で行われたものであるが,同様の高度化を球面収差補正器を備えた電子顕微鏡(以下,収差補正電顕)で行えば,より簡便かつ高精度で行うことができる.収差補正電顕では,より大きい電流量の電子線を用いることができ,短時間でS/Nの良い像を収集することができる.これは高速走査によるドリフト補正を行う上でもアドバンテージとなり,収差補正電顕をベースにさらなる図2 GdBaCo 2O 5+δのADF-STEM像.(ADF-STEM imageof GdBaCo 2O 5+δ.)白丸は空孔位置を示す. 11)発展を遂げている.8)最近では,この方法は実際の材料に対しても数多く応用されてきている.9),10)収差補正電顕によるSTEM法については,最近の固体無機化合物の研究で非常に幅広い分野で活用され,高分解能電子顕微鏡法の主流となりつつある.収差補正電顕の原理や応用については多くの優れた解説や清書があるので,それらを参照いただきたい.ここでは先に述べた収差補正ABF-STEM法の応用事例を紹介する.図2は層状構造を有する二重ペロブスカイトGdBaCo 2O 5+δのABF-STEM像である. 11)本物質ではGdOδ層内の酸素と空孔が秩序配列し,単純なペロブスカイト型構造に対して層と平行方向に3倍の超構造を有する.像中で,空孔の位置を白丸で示したが,像の右半分と左半分でそれぞれ超構造ドメインを形成している.像の中心付近では,左右それぞれのドメインでの秩序配列の位相が互いに一致せず,いわゆる反位相境界となっている.このような軽元素と空孔の秩序配列に関する反位相境界の原子スケール直接観察は収差補正ABF-STEM法で初めて可能になったものである.ここで紹介したSTEM法の技術的な進展のほかにも分割検出器を用いて“場”の計測を原子スケールで行う12技術)や収束電子回折を電子線を走査しながら計測し,13局所構造の対称性を評価する手法)など,STEM法を基本とした計測技法はさまざまに拡張しており,今後もさらに革新的な発展が期待される.文献1)D. Urushihara, et al.: J. Appl. Phys. 120, 142117(2016).2)C. H. Hervoches and P. Lightfoot: Chem. Mater. 11, 3359(1999).3)A. D. Rae, et al.: Acta Crystallogr. Sect. B 46, 474(1990).4)例えば,津田健治:日本結晶学会誌47, 50(2005).5)R. J. Vincent and P. A. Midgley: Ultramicroscopy 53, 271(1994).6)C. T. Koch: Ultramicroscopy 111, 828(2011).7)K. Kimoto, et al.: Ultramicroscopy 110, 778(2010).8)L. Jones, et al.: Advanced Structural and Chemical Imaging 1, 8(2015).9)A. B. Yankovich, et al.: Nat. Commun. 5, 4155(2014).10)L. Jones, et al.: Ultramicroscopy 179, 57(2017).11)N. Ishizawa, et al.: Chem. Mater. 26, 6503(2014).12)N. Shibata, et al.: Nat. Phys. 8, 611(2012).13)K. Tsuda, et al.: Appl. Phys. Lett. 103, 082908(2013).146日本結晶学会誌第59巻第4号(2017)