ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol59No2-3

放射光X線結晶構造解析による光合成・光化学系IIの水分解・酸素発生機構の解明図5 OECの化学組成の同定と結合距離.(Identificationof the chemical formula for the OEC and its interatomicdistances.)コイド膜のストローマ側と下部のルーメン側で非対称に分布している.図に描かれた多数の小さな点は,1.9 A分解能の解析により初めて同定された水分子を表し,その総数は2,795個にも及んだ.水分子は言うまでもなくPSIIが行う酸素発生反応の基質であり,また酸素発生に伴って生じるプロトンをMn 4CaクラスターからPSII分子を取り巻くバルクの水領域まで導くプロトンパスにも密接に関与するため,本研究により水分子が同定されたことの意義はきわめて大きい.この結晶構造解析によりPSIIのOECは,Mn 4CaO 5(H 2O)4の組成をもち「歪んだ椅子」の形をしていることが初めて明らかにされた22)(図5).図の濃い電子密度分布は5シグマレベルの2Fo-Fc電子密度図で,そのピークの高さから4個のMn(Mn1-Mn4)と1個のCaを明瞭に区別することができた.薄い電子密度分布は7シグマレベルで描いたFo-Fc差フーリエ図で,5個の金属原子をつなぐ5個のオキソ酸素(O1-O5)とともに,Mn4とCaにそれぞれ2個配位した水分子(W1とW2,W3とW4)の存在を明瞭に示している.これら4個の水分子は,酸素発生反応の基質の候補としてきわめて重要な意味をもつことが示唆された. 22)また図には,Mn 4CaO 5クラスターの結合距離を,結晶の非対称単位を構成する2個のモノマーから得られた距離の平均値として示した.Mn-Oの結合距離のほとんどは1.9 A前後と2.1 A前後の2種類に分類されたが,オキソ酸素のうちの1つO5周りの結合距離は2.5 A程度で,1.9 Aや2.1 Aと比べて明らかに長い距離をとっていた.通常のオキソ酸素は2個の負電荷をもつが,これはO5がより少ない負電荷をもつこと,すなわちO5が水酸化物イオンである可能性を強く示唆するものであった. 22)さて通常の結晶解析では,調製した結晶からX線回折強度を測定し,結晶構造因子の振幅を観測関数とするフルマトリックス最小2乗法を適用して原子座標を精密化し,原子の座標とともに占有率や温度因子を含む構造パラメータの誤差が見積もられる.一方,タンパク質結晶解析では分解能が不十分な場合がほとんどであり,フルマトリックス最小2乗法が収束するために必要な多数日本結晶学会誌第59巻第2・3号(2017)の回折点を測定することができず,サブユニットを構成するアミノ酸残基やタンパク質内部に含まれる補欠分子族について既知の構造情報を観測関数に加える制限付き最小2乗法が適用される.この場合,精密化された座標の誤差は測定量である回折強度とともに,既知の構造情報に含まれる構造誤差に依存することとなり,正統な誤差論に基づいて原子間の結合長を議論することはできない.Cruickshank 23)が提案したDiffraction-componentPrecision Index(DPI)は,制限付き最小2乗法で決定された構造で座標xにある原子(すべての原子が平均温度因子B avgをもつと仮定)の座標誤差(σ(x,B avg))を,測定された独立な回折点の数N i,構造パラメータの数p,測定の完全性C,信頼度因子R,分解能d minから以下の式(1)に従って計算するもので,座標誤差の目安として利用できる.( ) = ( )1 2 ?1 3avg i minσx,B 1.0 N p C Rd(1)本研究から得られた構造のDPIは0.11 Aと計算され,原子間結合距離としては0.16 Aの誤差(標準偏差)をもつことに対応している. 22)また上述したように,OECの化学組成がMn 4CaO 5(H 2O)4であることは,本研究により初めて明らかにされたものである.したがって,本研究の制限付き最小2乗法では,OECの制限構造の情報を新たに構築する必要があった.実際上は,まずOEC部分を含まない構造精密化を1.9 Aの最高分解能までほぼ完了させた.その位相を用いて計算された2Fo-Fc電子密度図では2個のモノマーのそれぞれに含まれる5個の金属原子の電子密度が球状に分離して観測されたため,それらを独立に同定した.最後に残された5個のオキソ酸素と4個の配位水に対する電子密度分布は金属原子の場合のように分離して観測されることはなかったため,Fo-Fc差フーリエ図からそれらを同定し,得られた2個のOEC構造を重ね合わせた後で平均したものをOECの制限構造として用いた.その後,全体的な手直しを含めて数サイクルの制限付き最小2乗法による精密化を進め,Fo-Fc差フーリエ図から同定した酸素原子と水分子に対する電子密度分布が2Fo-Fc電子密度図に明瞭に現れていることを確認した.4.1.95 A?分解能の無損傷XFEL構造(沈グループ)1.9 A分解能で明らかになったMn 4CaO 5クラスターの歪んだ椅子型構造は,SPring-8の放射光X線を用いて,0.43 MGyの平均吸収線量当量(ドース)で解析されたものである.しかし,Mn 4CaO 5クラスター中のMnイオンはX線還元を受けやすいⅢ価とⅣ価であるので,放射光X線によってMnイオンの一部が還元されたのではないかという指摘があった.実際,X線構造解析によって明らかになったMn-Mn原子間距離の一部が,67