ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol59No2-3

神谷信夫,沈建仁た.このままでは埒があかないと考え,1994年の初夏にアメリカのニューハンプシャで開かれた光合成に関するゴードン国際会議に,好熱性シアノバクテリア由来PSIIの精製と結晶化についてポスター発表を行った.そのときポスターを熱心に見に来たのがドイツのWittとイギリスのBarber両教授で,両名とも光化学系の構造と機能研究の世界的権威で,筆者はポスドクを終えたばかりの,一人前にもなっていない研究者なので,一生懸命自分のポスターを説明した.WittやBarberがそれを見て,すぐに近縁の,やはり日本の温泉から採取された好熱性シアノバクテリアT. elongatusからPSIIの精製,結晶化を始めた.実はそのとき,Witt研究室はすでに同シアノバクテリアから光化学系I(PSI)複合体の結晶化に成功し,4.5 A分解能の回折データを得ていた. 12),13)しかし,彼が最も興味をもっていたのはPSIIの結晶構造解析で,すでにT. elongatusからPSIIの精製をしていたが,前述のように不純物を含んだ,酸素発生活性の低いPSII標品しか得ていなかった. 14),15)しかし,筆者のポスター発表を見た後,結局,WittグループのZouniらが2000年にPSIIの結晶化に最初に成功し, 16)2001年に3.8 A分解能の構造をいち早く報告した. 17)筆者らはT. vulcanus由来PSIIの結晶化を2000年に報告し11)(図3),2003年にPSII構造を3.7 A分解能で報告した. 18)さらにBarberグループはS. Iwataと共同で2004年にT. elongatus由来PSII構造を3.5 A分解能で報告した. 19)その後Zouniらは結晶の分解能を少しずつ向上させ,2005年に3.0 A, 20)さらに2009年に2.9 A分解能の構造を報告した. 21)このような競争の中,筆者らもPSII結晶の質を改善する研究を続けていたが,分解能2.9~3.0 Aを与える結晶の析出には成功したものの,その壁を長い間打ち破ることはできず,常に競争相手から一歩遅れる位置に立っていた.しかし,この分解能では,PSIIを構成する20個のサブユニットや多数のクロロフィルとカロテノイド,2つのプラストキノン(QA,QB),2つのヘム鉄(チトクロムb559,チトクロムc550),非ヘム鉄,20個以上の脂質などを判別することはできたが,これら補欠分子族のうちの一部の正確な配向が決定できず,そして何よりも,最も興味のあった水分解の触媒中心であるMn 4Caクラスターの詳細な構造がわからなかった.電子密度図上では,このクラスター中の個別の原子を区別することはできず,クラスター全体がサッカーボールのような形の電子密度であり,その中の原子と原子の位置関係,特にオキソ酸素の位置は不明であった.PSII結晶の分解能を向上させるため,標品の純度,結晶化条件,結晶の抗凍結条件などを広範囲にスクリーニングし,2009年夏の終わりに沈研究室の大学院生(D3)川上恵典がついに3.0 A分解能を大きく超える結晶の析出に成功した(図3).PSII結晶の回折能が弱いため,それまで実験室のX線装置では3.5~4.0 A程度の分解能の回折スポットしか確認できなかったが,新しい結晶では実験室で最高2.5 A分解能を超える回折スポットを確認できた.これを見たとき,今まであった分解能の壁を大きく超えたとすぐに直感した.その後SPring-8に持って行き,最終的に1.9 A分解能の回折データを収集し,それを用いて共同研究を進めてきた神谷グループの梅名泰史博士が構造解析を行った. 22)3.1.9 A?分解能におけるPSIIの結晶構造PSII結晶の非対称単位には,2個のPSIIモノマーにより形成されたホモダイマーが含まれる22)(図4).ダイマーの全体では多数の膜貫通ヘリックスがチラコイド膜に対して垂直方向に林立しており,PSIIの疎水性領域を形成している.一方,親水性領域は図4の上部,チラ図3 PSIIのさまざまの結晶Various.(types of PSII crystals.)a,b)1993~1994年頃得られた,X線回折スポットを与えない結晶らしきもの.c)2003年に3.7 A分解能の構造解析に用いた結晶.d)2011年に1.9 A分解能の構造解析に用いた結晶.図4非対称単位を構成するPSIIダイマーの構造.(Structureof photosystem II dimer in a crystallographicasymmetric unit.)2つのPSII単量体は非結晶学的2回軸によって関連付けられており,PSIIダイマーに存在する水分子は赤いボールで示している.編集部注:カラーの図は電子版を参照下さい.66日本結晶学会誌第59巻第2・3号(2017)