ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No1

ページ
9/60

このページは 日本結晶学会誌Vol59No1 の電子ブックに掲載されている9ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol59No1

XFELの概要とSACLAの特徴さらに,X線光学系を用いると,XFELを極小サイズに集光し,X線の強度を飛躍的に高めることができる.この超高強度X線によって,従来は不可能であった,X線強度に対する物質の非線形な応答を顕在化させることが可能になる.例えば,よく知られたX線の光電効果の過程では,原子がX線光子を吸収し内殻(主にK殻)の電子を放出するが,オージェ過程若しくは蛍光過程によって,アト秒からフェムト秒のオーダーでL殻の電子が遷移し,K殻の空孔は再び埋められる.しかし,系が緩和する前に次のX線光子がくると,K殻に空孔をもった原子(中空原子:hollow atom)と相互作用することになり,通常とはまったく異なる振る舞いを示す.従来光源ではこのような状態の確率は無視できるほど小さかったが,XFELを用いると,中空原子が多数を占める状態を生成することさえ可能となる.9),10)1960年代のレーザーの出現によって非線形光学の研究が一気に花開いたように,XFELによって「非線形X線光学」が目覚ましい発展をとげようとしている.詳しくは米田仁紀氏の記事を参照されたい.3.XFELの歴史3.1揺籃期から超大型施設へ次に,XFELの歴史を簡単にひも解きたい.自由電子レーザー(FEL)は,スタンフォード大学の博士課程の学生であったJohn Madeyによって1960年代末に着想され,1970年代に赤外領域で実証された. 11)これは,電子を高速に加速する加速器と,電子を磁場で蛇行させるアンジュレータを組み合わせたものである.最大の特徴は,光増幅をするための非線形媒体として,従来のレーザーと異なり原子に束縛されていない「自由な」電子を用いており,レーザーの波長と電子ビームエネルギーの間に単純なスケーリング則が成り立つ,すなわちビームエネルギーを上げていくことで短波長化が可能,という点にある.しかしながら,ここで開発されたFEL装置には,光をアンジュレータ内で多数回往復させるための光共振器が用いられており,紫外線より短い波長領域で動作させるのは実際には困難であった.1980年代に,光共振器を使う代わりに,長尺のアンジュレータを用いた「自己増幅自発放射(Self Amplified Spontaneous Emission:SASE)型」のFELが,イタリアとロシアのグループによって提案された. 12),13)1990年代には,高エネルギー加速器技術の進歩,特に電子銃の低エミッタンス化が進み,短波長領域でFELを実現する可能性が見えてきた.1992年には,UCLAのClaudio Pellegriniが,波長1 AのSASE-XFELを提案した.これは,スタンフォード線形加速器センター(現SLAC加速器研究所)において1960年代に建設された2マイル線形加速器が生成する,加速エネルギー50 GeVの電子ビームを使って硬X線FELを実現するというものであり,後のLCLS計画へと発展して日本結晶学会誌第59巻第1号(2017)いった.LCLSは,2マイル線形加速器の一部を用いた,ビームエネルギー14 GeVのXFEL施設として,2000年代に整備が開始された.2009年4月に,世界で初めて波長1.5 Aの硬X線FELの発振に成功した. 14)一方,ドイツでは,1990年代に,高繰り返しの超伝導加速器を利用したリニアコライダー計画(TESLA計画)の策定が進められた.当時の欧州の高エネルギー物理学研究の拠点であったドイツ電子シンクロトロン(DESY)に,超伝導加速器システムのR&DのためにTESLA TestFacility(TTF)が建設されたが,そこにアンジュレータを付加することにより,SASE-FELの試験も並行して進められた.2000年には当時の世界最短波長(109 nm)の深紫外FELの運転に成功した. 15)その後もTTFは増強を重ね,2005年に極端紫外(Extreme Ultraviolet:EUV)領域のFELのユーザー施設FLASHとして衣替えし,現在に至っている.また,TESLA計画の一部には,超伝導加速器ベースのXFEL施設の建設が含まれていたが,これは欧州のプロジェクトEuropean XFEL計画へと発展し,2009年に建設が開始された.European XFELは,DESYキャンパスからハンブルク郊外にかけて全長3 km以上のトンネルを掘り,17.5 GeVの超伝導加速器を収容するというきわめて大がかりな施設である.2016年に建設が完了し,機器の立ち上げが進められている.ちなみに,TESLA計画の本体であるリニアコライダー計画は,2004年に,国際プロジェクトInternational Linear Collider(ILC)計画に統合され,現在も検討が続けられている.3.2コンパクトXFELの提案とSACLAの登場前節でみたように,XFEL計画は,もともと米国・欧州の超大型の高エネルギー加速器プロジェクトを母体として始まった.したがって,きわめて大規模な施設と,それを建設・運用する多大なコストが前提とされていた.しかしながら,単一の目標を追求する高エネルギー加速器と異なり,XFEL光源は,多様性を身上とする光科学のニーズに応え続けるためのツールであり,世界に1つか2つしか施設がないという状況では,飛躍的な発展は難しい.この問題を解決するには,装置のコンパクト化を推進し,建設・運用コストを低減させることがきわめて重要である.さらに,コンパクト化によって,光源の安定性や制御性も格段に向上することが期待される.このような背景のもと,理研播磨において,2000年代初頭より,コンパクトXFELの実現可能性の検討が始まった.特に重要なパラメータは,電子ビームのエネルギーである.FELの波長はビームエネルギーの2乗に反比例するため,短波長化のためには電子ビームのエネルギーを高くするというのが従来の常識であり,結果として長大な加速器を必要としていた.一方で,FELの波長はアンジュレータの周期長にも比例する.したがって,短周期長のアンジュレータが実現できれば,ビームエネルギーを抑3