ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No1

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概要

日本結晶学会誌Vol59No1

X線自由電子レーザーSACLAを用いた量子光学研究れる自然放射を種とする増幅結果のスペクトルとなっている.ここでは,そのスペクトル形状がわかるようにピーク強度で規格化して示している.一般に,レーザーでは,利得スペクトルがローレンツ型のように中心波長で高く裾野を引くために,利得長が大きくなればスペクトルは狭窄化が起きると考えられている.しかし,このKα線レーザーの場合,励起強度を上げるとスペクトル幅がどんどん広がることが観測された.またスペクトルの変形は,主に低エネルギー側にシフトする形となるこ図4シードをかけないASE状態でのKα線レーザーの発振スペクトル.(Spectral broadening of Kαlaserline due to highly excitation condition in Cu metal.)励起強度を上げるにつれ赤方にシフトしていくことがわかる.右のピークはKα1線であり,左の小さなピークはKα2線である.ともわかってきた.この原因をさぐるため,北京国立天文台のW. Feilu博士の協力のもと,さまざまな電子状態でのスペクトル計算を行った.具体的には,Cu原子は,1sから4sまでの電子があり,強度が高いXFEL励起によりどこかの準位に孔が開いた状態が作られ,スペクトルの変形が起きていると考えたわけである.Kα線は1s-2pの遷移であり,2p,3s,3p,3dの電子準位に空孔を生じさせた場合の発光スペクトルを計算した.その結果,3d準位以外の準位に空孔がある場合は高エネルギー側にKα線がシフトし,3d準位に空孔が生じた場合のみ低エネルギー側にシフトすることがわかった.これは過去に異なる計算モデルで独立に計算されたKα線の線形状の13研究でも同様)の傾向があり,確からしさが確認されている.実際には,図4に示すような大きな赤方シフトが出るためには,少なくとも複数の3d準位に孔が空く必要があるが,Cuなどの遷移金属にとって3d電子は最も弱く結合している電子であり,化学結合や酸化数を変化させただけで,状況が変わってしまう.したがって,高励起状態になり,隣接原子のイオン化に伴う伝導体電子密度に変化が出れば,当然スペクトルも変化すると考えた.この考えを確かめるために,隣接原子間距離が大きく異なる金属銅と五水和硫酸銅結晶でのKα線レーザー発振スペクトルの変化を測定した.図5はその結果の一例を示す.純金属では,励起強度が強くなるにつれて前述の赤方シフト成分が出てくるが,五水和硫酸銅結晶では,それが起きていないことがわかった.五水和硫酸銅では,Cu原子同士はほかのS,O,Hなどの原子で隔離された形になっており,その影響を受けにくいためにスペクトル変化が出にくい.図5金属銅と五水和硫酸銅結晶をターゲットとした時のKα線レーザーの発振スペクトル.(Inhibition of spectralbroadening with compound target of cu.)それぞれ励起強度をしきい値近傍から5倍程度まで変化させ,スペクトル形状変化がわかるようにピークで規格化したものである.金属銅では強励起に従って赤方シフトが現れるが,五水和硫酸銅ではスペクトル形状が保たれたままであることがわかる.日本結晶学会誌第59巻第1号(2017)37