ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No1

ページ
41/60

このページは 日本結晶学会誌Vol59No1 の電子ブックに掲載されている41ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol59No1

X線自由電子レーザーSACLAを用いた量子光学研究を考えると,各原子の波動関数の重なり合いによってバンド構造(伝導帯)が作られ,大量の自由電子様電子が非局所的に存在している.X線励起により内殻軌道からの電子が励起されても,準位は連続的で準位密度に空きがあるため,真空中に出ないでそのままバンド内に留まる可能性がある.そうなれば,前述の電荷中和性は崩れない.この問題を考えるため,KitamuraはLiのクラスタをモデルに,内殻電子をフェルミ面上に励起した場合の安定状態を調べた. 3)その結果,9個の原子のクラスタのうち少なくとも3個の原子で内殻電子励起されても,クラスタ全体としてはバンド構造を保つことができ,エネルギー的に安定であることが示された.これらの状況は,フェルミ面からどの程度高いエネルギーレベルに励起されたかにもよってくる.伝導帯の中でも,衝突励起や光電効果を超えて真空内に電子が飛び出してしまうほど高いエネルギーレベルに内殻からの電子が励起された場合,即座にイオン化⇒電荷非中性化を引き起こす.では,どの程度のエネルギー幅が入射X線に許されるのか?例えば,内殻電子準位-フェルミ面エネルギー差が10 keVあったとする.そこにエネルギー幅ΔE/E=10-4のバンド幅のX線で励起をすると,励起された電子は1 eVのエネルギー広がりをもつ.おそらく,この程度であれば電荷中性は即座には崩れない.しかし,ΔE/E=10-3だとすると,前述のイオン化レベルを超えて非電荷中性になる.したがって,クーロン爆発を避けてホロー原子固体を実現するには,波長チューニング性が高く,狭帯域化も対応でき,なおかつ強度も高いX線光源が必要となる.XFELがなければできなかった理由がここにある.1.2量子光学的効果光学領域のレーザー応用というと,量子光学的な過程を利用したものが多く挙げられ,レーザーそのものや高調波発生などの非線形光学効果が含まれる.半導体レーザーからの一次光源800 nmで結晶を励起して1μmで発振させ,さらにその2倍波を小さな非線形結晶で発生させるという方法で,小さな手のひらサイズの乾電池駆動でも1 W近いグリーンレーザーが実現されている今,同じようなことをX線領域で行って自由に光を制御できれば,応用面でのメリットが大きいことは自明である.では,XFELの出現により,どのくらいわれわれはこのような状況に近づいたのか?一般に非線形光学効果については,原子と輻射場が共存した状態を計算する必要がある.その場合のハミルトニアンはH? al = aA ? p + A2?22(2)のようになる.ここで,aは微細構造係数で,AはX線の日本結晶学会誌第59巻第1号(2017)ベクトルポテンシャル,p?は電子の運動量モーメントである.通常の光学レーザーの多光子吸収過程ではこの第1項が効いてくるが,波長の短いハードX線では第2項A 2の寄与が大きくなることが知られている.この大きさに関して,Varmaたちによる水素を媒体として計算した結果では,hν=8 keVを入射X線とした場合,断面積で10-67 cm 4程度となることが示されている.4)現在達成されているXFEL集光強度の最大値が10 20 W/cm 2程度なので,1光子吸収に対する2光子吸収の比は10-7程度となっている.この程度の比であれば,観測手段や対象を工夫すれば,これら過程の原理実証となるデータを観測5できる.現状のXFELを使って,2光子吸収)や第2高調6波の発生)がすでに観測されている.ただし,この計算では単一の波としての変換を仮定されているが,SASE(Self Amplified Spontaneous Emission)と呼ばれる最も一般的なXFEL発振では,縦モードと呼ばれる時間コヒーレンスを表す指標は単一ではなく,10~数十の波の重ね合わせになっている.光学波長で行われている効率の良い自由な波長変換までは,もう少し時間がかかると思われる.一方,レーザー発振過程は,原子系にXFELのエネルギーを移行させる形で起こすことができる.多くの半導体レーザー励起レーザーでそうであるように,この手のレーザーは,時間・空間コヒーレンスを向上させるコンバータとしても用いることができる.このレーザーの励起強度しきい値は以下の式で与えられる.7)2 ??λ?( GL)hc ?I pump??λ??19?×?2W cm ?116π1.5 10(3)3? ? 4λλ0λ? ?A? ?ここで,GLは利得長積,hはプランク定数,cは光速度,Δλは発振スペクトル幅,λは発振波長,λ0励起波長,λ[A]は,発振波長をA単位で示したもの.この式から,1 A程度の硬X線レーザーでは10 19 W/cm 2程度の励起強度が必要なことがわかる.(1)式で見積もられるホロー電子固体の条件とほぼ同様な強度となったのはまったくの偶然で,それはこちらの波長スケーリングがλ-4と厳しいことからもわかる.レーザー過程でのもう1つの特徴は,強い誘導放出による遷移過程の制御である.レーザーと同調した光の入射により自然放出過程が抑制されて,レーザー側へのエネルギーの流れに主とさせることができる.内殻電子が励起された後の遷移を図2に示す.単に内殻励起しただけではいくつもの準位に緩和してしまい,1つの遷移過程への分岐比が数分の1になっている.しかし,ここに十分に強い共鳴光の入射もしくは発生を起こせば,通常2本出るKα線の片側にエネルギー遷移を集中させることもできる.35