ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No1

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概要

日本結晶学会誌Vol59No1

福澤宏宣,上田潔図7原子核間距離の時間発展のモデル計算結果.(Timeevolutionof interatomic distances in 5-iodouracil bymodel simulation.)文献18)より修正して転載.図65-ヨウ化ウラシルから放出される3つのイオンの運動量相関.(Momentum correlations of three ionsreleased from 5-iodouracil.)φはヨウ素イオン(I q+)と水素イオン(H +)の運動量ベクトルのベクトル積と第3のイオン(H +,O +,N +,あるいはC +)の運動量ベクトルのなす角で,cosφ=0は3つのイオンが平面上に放出されることを意味する.文献19)より修正して転載.水素原子イオンとの距離は3倍に広がるが,炭素原子イオンとヨウ素電子イオンの距離は10%程度の変化に留まることが見出された.3.2ヨウ化ウラシル5-ヨウ化ウラシル分子はリボ核酸を構成する塩基の1つであるウラシルの水素原子の1つをヨウ素原子で置換したものであり,放射線増感効果をもつ.重原子を含む生体分子の最小単位と見立てることができるため,原子レベルでの放射線損傷を理解する上で,格好の標的である.ヨウ化メチル分子と同様に,ヨウ化ウラシル分子を真空中に導入して,SACLAで得られる超強力X線パルスを照射し,クーロン爆発で放出される多数の原子イオンの三次元運動量を測定した.ヨウ化ウラシル分子から一度に放出される複数の原子イオンを同時に計測し,多くのイオンの組み合わせについて運動量相関を観測することに成功した(図6).さらに,分子中の電荷生成や電荷移動を考慮したモデルを用いた数値計算により実験データを再現した.モデル計算からはさらに,時々刻々と変化する電荷と個々の原子の位置情報が得られる(図7).ヨウ素原子サイトの電荷上昇が約10フェムト秒で起こるのと同時に,電荷が分子全体に数フェムト秒で広がること,10フェムト秒のX線照射時間の間に,軽い水素原子イオンが結合距離にして2倍程度動く一方で,酸素,窒素,炭素などの重い原子の結合距離の変化は数%程度以下に留まることが解明された.この結果は,XFELを用いた無損傷構造解析が,10ピコメートルの精度で,原理的に可能なことを示唆している.さらに,本研究によって,X線を吸収したヨウ化ウラシル分子から多数の高エネルギーイオンと低エネルギー電子が生成する機構が明らかになった.このような重原子近傍に局所的に生成する高エネルギーイオンや低エネルギー電子は生体分子に損傷を与えることから「放射線スープ」と呼ばれることがある.本研究では,ヨウ化ウラシル分子から放射線スープが生成する機構を明らかにし,放射線増感効果の機構を分子レベルで解明した.本章に示した研究により,10フェムト秒程度の極めて短いX線照射時間の間に,分子内の電子や原子がどの程度動くかがわかってきた.この事実を理解することが,XFELをによる構造解析を正確に行うためには必要なのである.4.SACLAの強力X線照射を受けた重原子クラスターの特徴的な振る舞い本章では重原子の集合体であるクラスターを標的とした研究を紹介する. 20),21)本研究では,X線パルスをアルゴンクラスターに照射し,クラスターから放出される電子のスペクトルを測定した(図8).アルゴン原子の最も深い内殻軌道の束縛エネルギーは3.2 keVなのに対して,本研究で用いたX線光子のエネルギーは5 keVである.したがって,XFEL照射によって最初に飛び出してくる電子はもっぱら2~5 keVの超高速電子で,イオン化したクラスターが作る正のポテンシャルから飛び出せなくなることはない.ここで注目すべきは低エネルギーの遅い電子である.孤立したアルゴン原子にX線を照射する場合には200 eV付近にピークが観測されるが,本研究で観測したアルゴン原子クラスターからの電子放出の場合には,200 eVから低エネルギー側の領域が平らになる32日本結晶学会誌第59巻第1号(2017)