ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No1

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概要

日本結晶学会誌Vol59No1

日本結晶学会誌59,29-33(2017)特集SACLASACLAの高強度X線照射下の原子・分子の動的振舞い東北大学多元物質科学研究所福澤宏宣,上田潔Hironobu FUKUZAWA and Kiyoshi UEDA: Dynamic Behavior of Atoms and MoleculesIrradiated by Intense X-rays of SACLAWe have investigated ultrafast electronic and nuclear dynamics in atoms, molecules and clustersinduced by very intense(~50μJ/μm 2), ultrashort(~10 fs)pulses generated by SACLA. Atphoton energy of 5.0~5.5 keV, we could identify that Xe n+ with n up to 26 is produced, evidencingoccurrence of deep inner-shell ionization and sequential electronic decay cycles repeated multipletimes in the xenon atom within~10 fs pulse duration. The results for momentum-resolved multipleion coincidence study on iodine-contained organic molecules(iodomethane and 5-iodouracil)illustrates that the charges are produced by the cycles of deep inner-shell ionization of the iodine atomand sequential electronic decay and spread over the entire molecule within 10 fs, leading to Coulombexplosion. The measured momentum distributions and correlations are well reproduced by the modelcalculations. The results for electron spectroscopy on argon and xenon clusters, with help of modelcalculations, illustrate that nanoplasma is formed by the XFEL pulse in tens of fs, and continuousthermal emission from the plasma occurs in ps.1.はじめに米国のX線自由電子レーザー(XFEL)施設Linac CoherentLight Source(LCLS)1)に続いて,日本のXFEL施設SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser(SACLA)2)の共用実験が開始され,はや5年が経過しようとしている.非常に強力かつパルス幅(X線の発光時間)のきわめて短いパルスX線が利用できるようになり,これまで見えなかったさまざまなものが見えるようになってきた.XFELの強力なX線パルスを用いると,非常に小さな結晶や結晶化していない試料からでもX線回折像を得ることが可能である3),4)ため,これまで構造がわからなかったタンパク質分子や生体分子の構造が決定できると期待される.実際,2013年にはLCLSで初めてタンパク質分子の室温での新規構造が決定された.5)SACLAでは,XFELを用いると,放射光を用いたタンパク分子構造決定における課題であった損傷のないタンパク分子の構造が決定できることが示され,6)光科学系Ⅱ複合体の正確な三次元原子構造が決定された.7)生きた細胞をナノレベルで観察できることも示された.8)XFELで見えるようになってきたもう1つの世界が,光励起された物質や分子の,超高速で起こる構造の変化である.「反応途中の個々の原子の動きを捉えることが化学反応を理解する究極の目標である」といったのは20世紀末にノーベル化学賞を受賞したAhmed Zewailである.9)物質あるいは分子の構造と機能・性質を決定する電子状態は強い相関をもつ.反応中に超高速に起こる日本結晶学会誌第59巻第1号(2017)構造の変化と電子状態の変化の相関を理解できれば,反応の制御が可能になり,新機能デバイス材料設計や人工光合成の実現といった重要な課題に不可欠な情報を得ることができるようになる.Ahmed Zewailをはじめとする多くの研究者が描いてきたこの究極の目標がまさにXFELで達成できるようになってきた. 10)-12)一方,XFELのきわめて強力なX線パルスと物質との相互作用の研究は,非線形X線光学,極端条件下の物性物理学といった未踏の領域をも切り開きつつある. 13),14)われわれは,未踏の超高強度をもつXFELを最大限に有効利用するためには,XFEL照射下の原子や分子,原子集合体(クラスター)の動的振舞いを解明することが不可欠であると考え,真空中の孤立原子・分子・クラスターを標的とした研究をSACLAで進めてきた.本稿では,いくつかの実験例を通して,SACLAでのわれわれの研究の現状を紹介する.第2章では,重原子が強力なX線にどのように応答するかについての研究例を示し,第3章では重原子含有分子における振舞いを,第4章では重原子クラスターの振舞いを示す.第5章で今後の展望を述べる.2.SACLAの強力X線照射を受けた重原子の特徴的な振舞い本章では,X線散乱で重要な役割を果たす重原子の例としてアルゴン原子とキセノン原子を取り上げて,多光子多重イオン化過程の研究を紹介する. 15),16)本実験では,アルゴン原子またはキセノン原子をパルスジェット29