ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No1

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概要

日本結晶学会誌Vol59No1

西野吉則,木村隆志,鈴木明大,城地保昌,別所義隆図2 MLEAチップ.(MLEA chip.)1辺12 mmの正方形のチップに,24×24=576個の独立したマイクロ液体封入セルが配置されている.封入セルに溶液試料を保持できることを確かめている.XFEL測定では,液体ジェットなどの試料入射方式がしばしば用いられるが, 14),15)その場合,XFELのパルスとパルスの間に反応領域を通過した試料は,測定に用いられず無駄になる.これに対して,MLEAチップを用いると,XFELのシングルショット当たりに必要な試料の量は,XFELの繰り返し周波数によらないため,微量な溶液試料を有効に測定に用いることができる.PCXSS測定では,試料からの微弱なシグナルを高精度で計測するために,バックグラウンド散乱を抑制することがきわめて重要となる.著者らは,SACLAにおいて,試料位置に何も置かない場合と比べて,試料位置に生理食塩水を封入したMLEAチップを置いたほうが,バックグラウンド散乱が抑制されることを確認した.7)これは,約20μm角の各マイクロ液体封入セルのシリコンの窓枠が,試料と同一平面内でのガードスリットの役割を果たし,上流の光学系からの寄生散乱を効率的に除去できたためと考える.さらに,XFELのビームは,MLEAチップの窒化ケイ素薄膜に垂直に入出射するため,理想的には,MLEAによって一様な位相の進みは起こるが,寄生散乱は起こらない.これに対して,試料の導入に液体ジェットを用いる場合,液体ジェットの表面が曲率をもつため,液体ジェット自身から強い寄生散乱が起きる.シリアルフェムト秒X線結晶構造解析(SFX)では,離散的なブラッグ点近傍で強い回折が起こるため,液体ジェットを用いることができるが,非結晶試料に対するCDIでは,試料からの散乱はきわめて微弱なため,液体ジェットを試料導入に用いることは現実的でない.4.SACLAを用いたPCXSS測定4.1 PCXSS実験配置著者らは,SACLAのBL3においてPCXSS実験を行っている.光子エネルギーは,より大きなコヒーレントX線回折強度が見込まれる,ビームラインで出すことのできる最も低い4.0~5.5 keV付近を使用している.コヒーレント回折測定では,狭いバンド幅は要求されないため,光学ハッチでは分光器は用いず,全反射平面ミラーを高調波除去のために使用している.実験ハッチに導かれたXFELビームは,Kirkpatrick-Baezミラーを用いて半値全幅1.5μmほどのスポットサイズに集光され, 16)焦点位置に置いたMLEAチップに照射される.MLEAチップは,SACLAで開発された汎用コヒーレントイメージング装置(MAXIC:Multiple ApplicationX-ray Imaging Chamber)17)内にマウントする.MAXIC内には,上流の光学系からの寄生散乱を除去するため,2段の4象限スリットが試料上流に設置されている.MLEAチップのX線照射窓をXFELのシングルショットで次々と照射し,コヒーレント回折パターンを計測する.コヒーレント回折パターンの計測にはSACLAで開発されたMultiPort Charge-Coupled Device(MPCCD)18)を用いている.MPCCDは2段に配置され,上流のオクタルセンサーには中心部に可変の大きさの開口があり,高角のデータはオクタルセンサーで,開口を通り抜けた小角のデータは下流のデュアルセンサーで計測する.4.2生細胞イメージング著者らは,PCXSS法による溶液中の生物試料のナノレベルイメージングの新たな可能性を示すために,生きたバクテリア細胞のナノイメージング実験を世界に先駆けて行った.7)研究は,共和化工㈱環境微生物学研究所の大島泰郎所長らと共同で行った.Microbacterium lacticum(M. lacticum)という,牛乳中に生息する耐熱菌を試料に用いた.耐熱菌による生乳の汚染は農業において大きな問題となるが,サブミクロンサイズの小さなサイズのため,通常の光学顕微鏡では内部構造を観察することは困難であり,その細胞生物学的な知見はほとんど得られていない.PCXSS実験に先立ち,MLEAチップにM. lacticum細胞を生きたまま保持できるかを確認する実験を行った.細胞の生死の判定には,Invitrogen社製のLIVE/DEADBacLight Bacterial Viability Kitを用いた.この蛍光試薬により調製したバクテリア細胞をMLEAチップに封入し,蛍光顕微鏡観察を行った.実験の結果,MLEAチップ中で,生存バクテリアを,1時間以上にわたって維持可能であることを確認した.これは,SACLAにおいて試料調製からPCXSS測定までに要する時間と比べて十分に長く,生細胞のPCXSS測定に求められる性能を満たしている.なお,PCXSS実験に用いた細胞には,この蛍光試薬による染色は行っていない.図3にM. lacticumからのシングルショットXFEL回折パターンを示す.シングルショットXFEL回折パターンには,細胞の幅に起因する一方向に伸びた明瞭な干渉縞が観察された.干渉縞の間隔から,試料の幅は194 nmで20日本結晶学会誌第59巻第1号(2017)