ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No1

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概要

日本結晶学会誌Vol59No1

SACLAを用いたコヒーレントイメージングヒーレンスは必要とされない.なぜなら,結晶試料は周期構造を有するため,単結晶内のどの微小部分からも同様の回折パターンが生じ,それらがインコヒーレントに足し合わされても,構造解析に必要な回折パターンを測定できるためである.また,X線結晶構造解析では,試料中の膨大な数の分子について「アンサンブル平均」した構造が得られる.一方,空間コヒーレンスに優れたコヒーレントX線を用いると,結晶以外の試料に対しても回折測定を行うことができる.測定したコヒーレント回折データを位相回復することにより試料像を得る手法がCDIである.なお,試料が空間的にコヒーレントなX線で照射された際の回折パターンは,特に,上述のインコヒーレントX線の結晶による回折と区別する意味で,コヒーレントX線回折と呼ばれる.不規則な構造体のコヒーレント回折パターンは,一般に,斑点(スペックル)模様をしており,スペックルパターンとも呼ばれる.CDIでは,「アンサンブル平均」ではない,すべての構造情報がイメージングされる.また,対物レンズを用いないため,原理的に,対物レンズの加工精度に制限されない,高い空間分解能が達成可能である.CDIは,1952年にSayreがX線回折パターンをオーバーサンプリングすることによる位相回復の可能性を指摘したことに端を発する.8)その後,1982年にFienupが天文学などへの応用を念頭に開発したHIO(hybrid inputoutput)と呼ばれる反復的位相回復法)9が,コヒーレント回折パターンの位相回復にも応用できることが認識されるようになった.CDIの最初の実験は,1999年にSayreや当時彼の大学院生であったMiaoらによって報告された. 10)CDIは,その後,第3世代放射光施設において,部分的に空間コヒーレントなX線を用いて研究が発展した.筆者の西野らは,SPring-8を用いて,CDIによる世界初の11生物試料イメージングとして大腸菌の観察)や,世界初の生物試料の三次元イメージングとしてヒト染色体の12観察)を行った.観察したヒト染色体は,重金属などで染色されておらず,CDIがマイクロメートルサイズの無染色の生物試料の内部構造を高いコントラストでイメージングできることを実証した.元来のCDIは,コヒーレント回折パターンをオーバーサンプリングしなければならない要請から,測定対象が微小サイズの空間的に孤立した試料に限られる.近年は,タイコグラフィ13)と呼ばれる走査型のコヒーレントイメージング法により,空間的に広がった試料のイメージングも行えるようになり,世界各地の先端的な放射光施設で研究が展開されている.しかし,高空間分解能でのXFEL測定では,試料はシングルショットで破壊されてしまうため,タイコグラフィで要求される重なり合い日本結晶学会誌第59巻第1号(2017)のある複数の試料領域からのコヒーレント回折測定は一般に困難である.3.パルス状コヒーレントX線溶液散乱(PCXSS)筆者らは,XFELを用いた溶液試料の環境制御ナノイメージングを目指した独自手法であるPCXSS法の構築を進めている.図1にPCXSS実験の概念図を示す.生物試料にとって水は構造を保つうえで必須であり,PCXSS法は生物試料のナノイメージングにきわめて有効である.さらに,溶液中で機能する物質材料のナノレベル観察にも大きく貢献することが期待される.XFELでは「破壊前の回折」のコンセプトにより室温であっても放射線損傷のない測定が可能となる.このため,PCXSS法では溶液中の試料の構造ダイナミクス測定ができることも大きな利点である.PCXSS実験の鍵を握る構成要素は,溶液試料の環境を制御して保持できるマイクロ液体封入アレイ(MLEA:micro-liquid enclosure array)チップである.MLEAチップでは,窒化ケイ素薄膜をX線の入出射窓とするシリコン基板を2枚貼り合わせて,その間の微小ギャップに溶液試料を封じ込めることにより,溶液試料を真空から隔てて保持する.図2に開発したMLEAチップを示す.MLEAチップは,北海道大学オープンファシリティの装置群を用いてフォトリソグラフィにより作製した.MLEAチップに大強度の集光XFELビームを照射すると,シングルショットで窒化ケイ素薄膜の窓が破壊される.このため,高いデータ取得効率で測定を行うためには,1枚のチップに多数のマイクロ液体封入セルを集積する必要がある.なお,MLEAチップにおいて各マイクロ液体封入セルは仕切りにより隔てられ,独立している.実際に,著者らは真空中で1つのマイクロ液体封入セルの窒化ケイ素薄膜が破損しても,隣のマイクロ液体図1 PCXSS実験の概念図.(Schematic of PCXSS experiment.)集光したXFELでMLEAチップのX線照射窓を次々と照射し,コヒーレント回折パターンをシングルショット計測する.コヒーレント回折パターンに反復的位相回復アルゴリズムを適用し,試料像を再構成する.19