ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No1

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概要

日本結晶学会誌Vol59No1

南後恵理子,中根崇智,岩田想図2シリンジ内でのLCP法による結晶化.(Photographof LCP crystallization in a syringe.)京大医島村達郎博士,木村香菜子博士ご提供.図3バクテリオロドプシン(bR)の構造.(Structure ofbacteriorhodopsin.)(a)はレチナールの光異性化を示し,(b)はbR構造とプロトン輸送に重要なアミノ酸残基を示している.3.時分割SFX実験3.1概要時分割実験とは,光,熱,基質などの刺激によりタンパク質をいっせいに反応開始させ,一定の遅延時間後に測定を行い,反応によるタンパク質の構造変化を捉える実験である.フェムト秒からピコ秒にかけての短い遅延時間では,タンパク質に含まれる発色団などの低分子の小さな動き(シス-トランス異性化など)が主に観測され,タンパク質主鎖など大きな動きが観測されるのは,ナノ秒からマイクロ秒以降の遅延時間であることが多い.SFXによる時分割実験の最初の報告は,2013年の光化学系IIを用いた実験(分解能5.9 A)であり,光で励起される試料のストリームに可視光パルスレーザーを照射し,遅延時間後にXFELを照射して回折像を取得した. 10)その後,2014年から2016年にかけて,同様の方法を用いて,photoactive yellow protein(分解能1.6 A)11),12)やミオグロビン(分解能1.8 A)13)の時分割SFX結果が報告されている(いずれもLCLSでの成果).ポンププローブ型時分割SFX実験は光励起性の試料に限られるという課題があるが,最近では,基質と結晶を瞬時に混合するインジェクターが開発され,基質との結合による構造変化を捉えた報告もされつつある. 14)時分割SFX実験は,タンパク質が構造変化する経過を原子レベルで解明すると非常に期待がもたれている.SACLAでは,2014年より光で励起されるタンパク質をターゲットとしてポンププローブ型時分割SFX装置の開発を行ってきた.励起レーザーを細い試料ストリームに空間的・時間的に高精度で照射する必要があり,インジェクターの設置や試料の交換のしやすさなどの観点から,通常のSFX実験とは大きく仕様を変えなければならなかった.われわれは,SACLAでの実証実験により検討を重ね,2016年初めには,バクテリオロドプシンのナノ秒からミリ秒における構造変化を捉えることに成功した.2)現在,SACLAではこの時分割SFX実験装置を用いて,さまざまな種類のタンパク質の時分割実験が行われている.3.2バクテリオロドプシンの時分割SFX実験バクテリオロドプシン(bR)は,高度好塩菌の紫膜に存在する膜タンパク質で,光により細胞内のプロトンを細胞外へと能動的に輸送する.bRは発色団としてレチナール分子を含んでおり,7回膜貫通型構造をもつ(図3).レチナールが光を吸収すると異性化が起こり,約15ミリ秒の間に複数の中間体(K,L,M,N,O)を経て,基底状態に戻るphotocycleが起こる.bRのプロトンポンプ機構とその構造には長年興味がもたれており,現在では100近くもの構造がPDBに登録されている.特に,1990年後半から2000年代にかけて,クライオトラップ法による光中間体のX線結晶構造解析が多くのグループにより取り組まれた.しかし,同じ中間体とされる構造でもまったく同様ということはなく,放射線損傷の影響や,クライオトラップ構造がどの程度実際の中間体を反映しているかが論争となり,プロトンポンプ機構に関する議論の終結には至らなかった.今回,われわれは,LCP法で作成したbRの結晶をインジェクターより吐出し,可視光パルスレーザーの照射後,16ナノ秒から1.7ミリ秒にかけて13の時点でXFELによる回折像の測定を行った.中間体構造を2.1 Aの分解能で決定し,タンパク質構造変化を原子レベルで捉えることに成功した.各時点での構造変化を簡単に追ってみると,760ナノ秒前後では,光異性化によるレチナールの構造変化がTrp182やLeu93などのアミノ酸残基を細胞質側へ押し上げることが観測された.また,Leu93の14日本結晶学会誌第59巻第1号(2017)