ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No5

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概要

日本結晶学会誌Vol58No5

郷田秀一郎,櫻庭春彦,大島敏久果からP32の点群対称をもつ六量体であることがわかっている.そこで,モデル構造の計算はP32の点群対称をもつ条件と対称性を考慮しないP1の条件の両方で行った.その結果,活性型Pis-GDHでは,結晶構造とP32対称性をもつモデル構造がよく一致していた(図3a,b).不活性型Pis-GDHのモデル構造では,P32とP1の点群対称性をもつモデル構造が大きく異なることから不活性型酵素は対称性をもたない分子として存在していると考えられた(図3c).すなわち,活性型で見られたP32の対称性は不活性型では失われている.また,不活性型酵素は活性型酵素よりもより大きなサイズをもち,分子の表面の部分ではビーズがばらけて存在していることから(図3c),不活性型酵素は表面で部分的に変性状態に近い状態と考えられる.これらの結果は,酵素活性の発現には,四次構造の形成のみならず,正しい四次構造のアレンジメントが必要であることを示している.2.5不活性型酵素の分子表面の疎水性タンパク質の分子の表面に疎水性残基が露出していると8-アニリノナフタレン-1-スルホン酸(ANS)存在下で蛍光スペクトルに大きなピークが観察される.そのことを利用して不活性型酵素と活性型酵素の分子の表面の疎水性残基の露出度の違いを解析した.その結果,不活性型酵素ではANS存在下,励起波長350 nmで蛍光スペクトルを測定すると,446 nm付近にピークが観察され,そのピークは活性型酵素では観察されなかった(図4).不活性型酵素では分子の表面に疎水性残基が露出しており,熱による活性化に伴って疎水性残基が分子内部に取り込まれる構造変化が起こると考えられる.活性型Pis-GDHの結晶構造解析の結果からサブユニット間には多くの疎水性残基が存在し,本酵素の高度耐熱性に関与していることが明らかにされている.これらのことから,表面に存在していた疎水性残基がサブユニット間の界面に移動し,それぞれのサブユニットの構造が再形成され活性型に変換されることが明らかになった.2.6示差走査型熱量計およびCDスペクトル測定とPis-GDHの活性化プロセス示差走査型熱量計(DSC)測定は,通常タンパク質の熱変性時における熱力学的パラメータの測定に用いられるが,不活性型酵素の熱活性化における構造変化の熱力学的パラメータを得るために測定を行った.不活性型酵素のDSC測定では,熱活性化における熱量変化と熱変性における熱量変化の2つの熱容量のピークが観察された(図5aおよび図5b).それぞれの変化量が大きく異なるため,1回の測定結果を2つの図として分けて示した.熱活性化と熱変性における構造変化の温度の中点は,それぞれ70.2℃と110.3℃であり,エンタルピー変化(ΔH)は,それぞれ15.5 kJ/molと1880 kJ/molであった.熱活性化におけるエンタルピー変化は熱変性の120分の1程度と著しく低い.一度熱活性化したものでは,110.3℃の熱変性のピークのみ観察され,70℃付近のピークが観察されなかったことから,熱活性化は不可逆な反応である.円偏光二色性(CD)スペクトル測定では,タンパク質の二次構造を反映している遠紫外部のスペクトルに不活性型と活性型で大きな違いは見られなかった.一方,近紫外部ではスペクトルに違いが見られ,熱活性化によって芳香族アミノ酸の側鎖の環境に違いがあると考えられる.不活性型酵素では芳香族アミノ酸の側鎖が比較的自由なコンフォメーションを取ることが可能であるのに対して,熱活性化によってコンパクトになると,その自由度に制限がかかるものと思われる.不活性型酵素と活性型酵素の立体構造の違いがプロテアーゼに対する耐性の違いとして見られるのではないかと予想し,両酵素をα-キモトリプシン処理で限定分解した.α-キモトリプシンはタンパク質のフェニルアラニンとチロシンのC末端側のペプチド結合を加水分解する.その結果,不活性型酵素は活性型酵素よりも切断されやすく,SDS-PAGEでは本来の切断されていないタンパク質バンドに加え,2つの移動度の異なるバンドが確認できた(図6).それら2つのタンパク質のN末端アミノ酸配列図48-アニリノナフタレン-1-スルホン酸存在下でのPis-GDHの蛍光スペクトル測定.(Fluorescence emissionspectra of inactive and active Pis-GDH in the presence of8-anilinonaphthalene-1-sulfonate.)励起波長は350 nmで測定したa).(不活性型Pis-GDH(b)天然由来Pis-GDH(c)尿素活性型Pis-GDH(d)熱活性型Pis-GDH.図5不活性型Pis-GDHの熱活性化(a)および熱変性(b)における過剰熱容量曲線.(DSC curves duringheat-induced activation(a)and denaturation(b)ofPis-GDH.)218日本結晶学会誌第58巻第5号(2016)