ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

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概要

日本結晶学会誌Vol58No1

日本結晶学会誌 第58巻 第1号(2016) 3ユニークな機能性をもつ有機金属系イオン液体の開発センのTf2N塩は,濃青色の磁性イオン液体となる(図2a(M=Fe),図3a).3),4)これらは中性のアルキルフェロセン(固体または液体)とAg[Tf2N]の固体をメノウ乳鉢上で直接すり合わせる方法によって,迅速・簡便・定量的に合成できる(図4).この反応ではAg+イオンが酸化剤となって目的の塩が生成し,副生した銀は容易に除ける.この方法は,有機結晶の分野で用いられてきた固相反応の考え方を適用したものである.これらの液体は空気中ではすぐに分解するため,実験はすべて不活性雰囲気下で行う必要がある.一方,中心金属をCoに変えるとオレンジ色の非磁性流体となり,空気にも安定である(図2a(M=Co),図3b).4)フェロセン系イオン液体が酸素で分解することがわかったのは,実験開始からかなり経ってからであり,目的物質の単離までには相当の試行錯誤を要した.著者は以前にフェロセン系の塩を多数扱った経験から,その安定性を疑うことはなく,このことも先入観として災いした.分解の原因に気づき,かつ固相反応を発想したのは,実験者の稲垣(当時,修士課程の学生)である.ここで錯体系イオン液体の研究に伴う困難を述べると,この例のように,結晶では安定であっても,液化すると顕著に不安定化する錯体が少なくない.また液体は再結晶ができないため精製が難しく,この段階で頓挫する場合も多い.溶媒が不純物の原因となる場合もあり,上述した固相反応の適用は,この点でも優れた方法である.上記のフェロセン系イオン液体は磁性流体だが,空気に敏感なため,物性評価が困難だった.そこで,耐酸素性を電子的・立体的に向上させるために環をオクタメチル化した結果,空気中で扱える安定な液体が生成した(図2b,図3c).5),6)この系の実現によって系統的な磁性研究が可能となり,後述する特異な磁性現象が見出された.これらの系に続いて,片方の環がアレーン環(ベンゼン誘導体)の物質を合成した(図2c).これらは非磁性液体である.中心金属がFeの物質は黄褐色液体で,酸素には安定だが,可視光で分解する.4)ところが中心金属がRuの物質は光や酸素にも安定で,ほぼ無色の透明液体である.7)-9)この系の実現により,種々の液体物性(熱的性質,屈折率,粘度,溶媒極性など)の系統的な評価が可能となった.さらに,ハーフサンドイッチ錯体(図2d)のイオン液体化を進め,化学反応による物質転換を起こす液体や,触媒能をもつ液体を開発してきた.10)-12)フェロセン系イオン液体に関しては,あわせて電子状態や液体状態での動力学に関する理論計算も行われてきた.13),14)スピン状態や熱力学特性も理論的に再現され,液体中のミクロ構造に関する知見も得られている.4.結晶構造解析の適用液体研究においては,X線構造解析は不可能(または不要)である場合も多いが,固体状態での構造解析はきわめて有用である.第一に,液体の分子構造は容易には求まらないため,目的錯体の生成を示すためには,構造解析は最も説得力のある方法となる.第二に,イオン液体の設計は,固体の融点を下げる物質設計に帰結する.結晶構造解析は分子間相互作用および固体内ダイナミックスに関する情報を与え,かつ融解がかかわる現象や液体物性の理解にも有用である.著者らはこうした理由で,合成したイオン液体もしくは関連物質の結晶について,できる限りX線構造解析を行うようにしている.例えば同じカチオン骨格をもつ塩であっても,Tf2N塩は液体,PF6塩は固体となることが多く,後者は構造解析の良い対象となる.結晶構造の例をいくつか以下に示す.図5の物質群の場合,短鎖アルキル体(R=C2H5,C4H9)は正負のイオンが交互に配置した構造をとるが,長鎖アルキル体(R=C6H13,C10H21)ではアルキル鎖およびイオン性部分同士がそれぞれ集合した層状構造が生成し,鎖の伸長に伴い融解エントロピーも増加する.6)こうした層状構造はアルキルイミダゾリウ図2 合成したサンドイッチ錯体系イオン液体の化学式.(Organometallic ionic liquids prepared in ourstudies.)図4 フェロセン系イオン液体の合成スキーム. (Preparationmethod for ferrocenium ionic liquids.)図3 サンドイッチ錯体系イオン液体の写真.( Photographsof ionic liquids from sandwich complexes.)(a)[Fe(C5H4Et)2][Tf2N],(b)[Fe(C5H4Et)2][Tf2N],(c)[Fe(C5Me4Bu)(C5Me4H)][Tf2N]. 編集部注:カラーの図はオンライン版を参照ください.