ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

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概要

日本結晶学会誌Vol58No1

日本結晶学会誌 第58巻 第1号(2016) 51構造不規則系の中距離秩序:空隙と圧力依存性5.2 溶融高分子iP4MP1 のFSDP の圧力依存性われわれは,この高分子iP4MP1が,以下の2 つの特性をもつことに注目した.(1)融点の圧力依存性に極大がある(融点極大).42), 43) (2)結晶が圧力誘起アモルファス化するという報告がある.42)これらの特性は,2 種類の液体やアモルファスをもつ物質の特性ともいえる.詳しくは文献11)を参照されたい.このような特性から,この高分子の溶融体やアモルファス固体には2 種類の構造がありえるのではないかと考え,溶融体の構造の圧力依存性をX線回折測定によって調べた.その結果,図6のように,FSDPが圧力で低下し,ピーク位置は波数の大きい側にシフトすることがわかった.このFSDPの圧力依存性は,前述のSiO2ガラスの場合と類似している.圧媒体にヘリウムを用いた場合に,SiO2ガラスのFSDPの圧力変化が抑制されることを図4 に示したが,これに対応する実験として,われわれは高分子P4MP1の溶融状態を,ヘリウムガスで加圧したところ,図4と類似した結果を得た.つまり,通常の加圧と比べて圧力依存性が大きく抑制されることがわかった.詳細は論文として出版予定である.溶融高分子の空隙にヘリウムガスが入ることによって圧力で空隙がつぶれにくくなったためと考えられる.6.FSDP とナノ相分離ここまでは,FSDPが空隙と関係する場合について紹介してきたが,FSDPは必ずしも空隙の存在を意味しない.密度でなく濃度ゆらぎを主に反映している場合がある.言い換えれば,相分離傾向を反映していることがある.例えば,図7aのようなアクリル樹脂を含む一連の高分子[poly(n-alkyl methacrylates),PnAMA]の側鎖を伸ばして[図7a のCの値を大きくして]いっても,図5と同じ傾向が得られる.37)つまり,側鎖が長いほどFSDPは低波数に観測される.この高分子PnAMAは,側鎖を伸ばしていくと,図7bのように主鎖部分と側鎖部分がナノスケールで相分離する.これをナノ相分離(注5)という.実際,図7a の側鎖をC= 3 以上にすると,側鎖ドメインと主鎖ドメインの,それぞれの動的ガラス転移(注5)を観測できる.37), 44)側鎖の長さCが2の場合には,動的ガラス転移の主鎖部と側鎖部の分離は困難である44)が,その場合もFSDPは相分離傾向によるものと思われる.なお,Cが1 だとFSDPは存在しないようである.35)一方で,イオン液体にもプレピークが観測されることが知られている.45)そのプレピークの起源は,疎水的なアルキル鎖のドメインと,親水的でイオニックなドメインとの相分離傾向にあるようだ.また,アルキル鎖の長さ(Cの数)を長くするとFSDP位置が低波数に移動するという,図5に対応する結果も得られている.45)PnAMA(図7)のFSDPも,側鎖が疎水的なアルキル鎖のドメインであり,一方,主鎖近くが親水的なので,起源は類似していると言えそうである.また,アルコールにもプレピークが観測される.46)直鎖アルコールでは,アルキル鎖部分が疎水部であり,一方,OH基が親水部で,両者の相分離傾向によってプレピークが生じる.直鎖部分の長さ(Cの数)を伸ばしていくと,図5 と同様にプレピークが低角側にシフトしていく.47)さらに,アルコールにはOH基が水素結合で連なった鎖状の構造があるといわれており,48)その鎖状のつらなりを高分子の主鎖と対応させれば,アルコールのプレピークは,高分子の主鎖-主鎖の相関によるFSDPとも類似しているといえるかもしれない.11)疎水部と親水部の,それぞれのガラス転移が観測されれば相分離といえるのだとすると,相分離のドメインサイズを小さくしていった時にドメインごとのガラス転移が見えなくなるスケールがあるはずで,それ以下のス(注5) 高分子の緩和過程は,低周波側からα,β 緩和と呼ばれる.α緩和が主鎖の緩和とされ,この緩和時間が100 秒程度以上に十分に大きくなる温度でガラス転移が観測される.一方,動的粘弾性測定では,圧縮や,せん断などの方向に,周期的な応力(または歪み)を加えて,それによる歪み(または応力)を測定することで,貯蔵弾性率,損失弾性率,損失正接(タンデルタ)を測定する.つまり複素感受率の実・虚部と,位相遅れの正接=(虚部/実部)を測定する.動的粘弾性測定から得られる損失正接が極大を示す温度を動的ガラス転移温度と定義することができる(ただし,これは周波数に依存する).図7aのPnAMAの場合,側鎖の長さCが10程度の時,このような力学的測定による,α(もしくはαβ)緩和の動的ガラス転移と,(β,γ緩和とは異なる)側鎖の緩和の動的ガラス転移の,両ピークが分離できる.熱測定では,通常のDSCではおそらく,Cが10程度だと主鎖と側鎖のガラス転移が近すぎて分離できないと思われるが,温度変調DSCなどを用いれば分離できる.これをナノスケールの主鎖と側鎖の相分離とみなし,ナノ相分離44)と呼ぶことがある.しかし,側鎖が短いと,側鎖の体積分率が小さくシグナルが微弱になるなどの理由で,熱測定では分離できない.それでも,動的粘弾性測定では,C=3か4程度まで,損失弾性率(よって損失正接)に,側鎖によるピークが分離して観測できる.詳しくは文献44)(の例えばFigure 26)とその引用文献を参照されたい.図6 高分子iP4MP1の溶融体のX線回折パターンの圧力変化.41() X-ray diffraction patterns of iP4MP1 melt.)