ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

ページ
56/74

このページは 日本結晶学会誌Vol58No1 の電子ブックに掲載されている56ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol58No1

50 日本結晶学会誌 第58 巻 第1 号(2016)千葉文野,竹中幹人の起源には,空隙の存在が関係している場合がある.少なくとも単体の場合は,濃度ゆらぎは存在せず,密度ゆらぎしかない(注3)ので,FSDPの起源に空隙(密度が低い場所)が関係していることは自明である.FSDPが直接に空隙を反映しているのではない場合も含めて,空隙が圧力でつぶされることで,FSDPが消滅あるいは低下すると考えられる.SiO2ガラスにおける空隙に関しては,2011 年に,2 つの研究グループが同時に面白い発見をしている.圧媒体としてヘリウムを用いると,圧力によるFSDPの変化が劇的に抑えられるというものである.28), 29)図4 にFSDPの位置の圧力変化を示した.圧媒体にヘリウムを用いた場合に,圧力依存性が顕著に小さい.これは,SiO2ガラスの空隙にヘリウム原子が入るために,空隙がふさがれて圧力を加えても潰されにくくなり,圧力依存性が抑制されるためと考えられる.5.高分子の中距離秩序5.1 高分子のFSDP高分子についても,単体や二元系と同様に,その溶融体やアモルファスの回折ピークのうちで,最低波数のものに名前をつけて,これを研究するということが行われてきた.古くは,スチレンを重合して,汎用高分子の代表であるポリスチレンにした時に,その回折ピークに,スチレンのパターンに加えて,ポリマーだけに特有の低波数のピークが加わることを,少なくとも1936年にはKatzが指摘しており,31)二次元回折パターンとしてはリング状に観測されるので,これをpolymerization ringと呼んでいる.このピークの起源についてKatz は,ポリスチレンを垂直に伸張して測定するとリングが水平方向に2 つに分かれる傾向にあることと,側鎖(注4)を含めた分子の大きさから,主鎖間の相関(注4)ではないかと推論している.31)具体的に波数でいうと,ポリスチレンのpolymerization ringは0.75 A-1 付近,スチレンにもある「通常の」ピークは1.4 A-1付近である.33), 34)このpolymerization ringは,ほかのさまざまな高分子についても観測される.しかし必ずしもpolymerizationring と呼ばれておらず,polymerization peak,34)larger thanvan der Waals(LVDW)peak,35)low van der Waals(LVDW)peak,36)とも呼ばれる.シャープで高さの高いFSDPに近い場合も含めてプレピークと呼ぶ場合もある.37)以降では,すべてFSDPと呼ぶことにする.多くの高分子について,FSDPの起源は,主鎖間の相関であることが確かめられている.35), 37)-40)高分子におけるFSDP研究には,側鎖の長さを変化させて,FSDPの位置の系統的な変化を調べるというものがある.32), 35), 37)例えば,図5のように,炭素と水素の一重結合だけでできた一連の溶融高分子のFSDPは,側鎖のない,主鎖のみのポリエチレンでは観測されず,32), 40)側鎖を大きくするに従って低波数にシフトしていく.32)ここに登場するiP4MP1(isotactic poly(4-methyl-1-pentene))という高分子が,以下で主役となる高分子である.このiP4MP1の溶融体には,このようにシャープな第1ピーク(FSDP)が存在する.このFSDPの起源も,主鎖-主鎖の相関と考えられる.41)(注3) 濃度ゆらぎ,密度ゆらぎとS(Q)の関係は,例えばJ. -P. Hansenand I. R. McDonald: Theory of Simple Liquids, Academic Press(1986)のLiquid Alloys の章(§11.4)にある.図4 SiO2ガラスのFSDPの位置の圧力依存性.文献29)の図5(B)を基に作成.(The pressure dependence ofthe FSDP position of SiO2 glass. This figure is based onFig.5(B)in Ref.29.)ヘリウムを圧媒体とした場合に,圧力依存性が抑制される.圧媒体なしのデータは文献30)による.図5 高分子PE,iPP,iP1B,iP4MP1の溶融体の構造因子(total structure function).文献32)を基に作成.(Total structure function of the melted PE, iPP, iP1B,and iP4MP1. Data taken from Ref.32.)(注4) 主鎖とは,高分子の骨格を形成する部分で,ポリスチレンの場合はポリエチレン状の部分を指し,一方,側鎖とは,ベンゼン環の部分を指す.図7 も参照.