ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

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概要

日本結晶学会誌Vol58No1

40 日本結晶学会誌 第58 巻 第1 号(2016)都築誠二液体物性を支配する要因の理解にとって計算化学手法の重要なことがわかる.アルキル鎖長が長くなると図4 に示すようにイオンの拡散が遅くなる.8)このことからイオンの大きさがイオンの拡散に影響を与えることがわかる.また,イオンの大きさがほぼ同じ場合には,かさ高い四級アンモニウムからなるイオン液体と比べて,板状の芳香族カチオン(イミダゾリウム,ピリジニウムカチオン)からなるイオン液体中ではイオンの拡散の速いことはイオンの形もイオンの拡散に影響を与えることを示す.8)カチオンとアニオンの間に働く引力の強さもイオン液体中のイオンの拡散に大きな影響を与える.8[) TFSA]-アニオンはBF4-やCF3SO3-アニオンよりも大きいが,[TFSA]-アニオンからなるイオン液体中のイオンの拡散は表3に示すようにBF4-やCF3SO3-アニオンからなるイオン液体中よりも速い.[emim]+カチオンとBF4-,CF3SO3-,[TFSA]-アニオンからなるイオン対の安定化エネルギーはそれぞれ-85.2,- 82.6,- 78.8 kcal/molと計算されており,[TFSA]-アニオンとカチオンの間に働く引力はBF4-やCF3SO3-アニオンの場合よりも弱い.これらの結果はカチオンとアニオンの間の引力の強さもイオンの拡散を支配する要因であり,引力が強いとイオンの拡散が遅くなることを示している.また,[emim]+カチオンとBF4-,BF3CF3-アニオンからなるイオン液体を比べると,大きなBF3CF3-アニオンからなるイオン液体中のイオンの拡散のほうが速い.10)[emim][BF4],[emim][BF3CF3]イオン対が生成する際の安定化エネルギーはそれぞれ-85.2,- 81.2 kcal/molと計算されており,BF4-アニオンはBF3CF3-アニオンよりもカチオンと強く相互作用する.この場合もカチオンとアニオンの間に働く引力が強いためにBF4-アニオンからなるイオン液体中ではイオンの拡散の遅いことがわかる.1-アルキル-3-メチルイミダゾリウムの2位の水素をメチル化するとイオン液体の粘度の大きくなることが知られているが,メチル化すると粘度が大きくなる原因はわかっていなかった.Ab initio 計算は[emim]+の2位をメチル化すると1 位のアルキル鎖の内部回転障壁が大きくなることを示している.また,分子動力学計算は1 位のアルキル鎖のコンフォメーションの自由度がイオンの拡散にとって重要なことを示している.11)これらの結果からは2 位のメチル化によりアルキル鎖のコンフォメーションの自由度が小さくなることが粘度の大きくなる原因と考えられる.分子動力学シミュレーションから計算した1-ブチル-3- メチルイミダゾリウムカチオン([bmim]+)と[TFSA]-アニオンからなるイオン液体中のイオンの自己拡散係数を図5 に示す.分子動力学シミュレーションに使う力場のパラメータを調整し,ねじれ回転の回転障壁を大きくするとシミュレーションの際にその結合が回転しないように拘束することができる.ねじれ回転に拘束をかけない場合(Free rotation)と比べて,ブチル基の結合A,B,Cの内部回転を拘束するとイオンの拡散が遅くなっている.特にブチル基とイミダゾリウム環をつなぐ結合Aのコンフォメーションの自由度がイオンの拡散にとって重要なことがわかる.このほかに,イオンの質量やアルキル鎖への酸素原子の導入もイオン液体中のイオンの拡散に影響を与える.9)イオンの質量の影響は小さいが,質量が増えるとイオンの拡散は遅くなる.また四級アンモニウムのアルキル鎖に酸素原子を導入するとイオン液体中のイオンの拡散の速くなることが知られている.同様に,パーフルオロブチルトリフルオロボレートにのパーフルオロブチル基に酸素を導入した場合もイオンの拡散は速くなる.12)ABC0.1110Free rotationFix bond AFix bond BFix bond CFix bond A, B, Ccation calcanion calcD / 10 -7 cm 2 s -1図5 コンフォメーションの自由度が[bmim][TFSA]イオン液体中のイオンの自己拡散係数に与える影響.(Effects of conformational flexibility on thediffusion of ions in[ bmim[]TFSA] ionic liquid.)表3 イオン間相互作用がイオンの拡散に与える影響.(Effects of intermolecular interaction between cationand anion on the diffusion of ions in ionic liquids.)Eforma Dcationb DanionbBF4- - 85.2 11 11CF3SO3- - 82.6 10 9(CF3SO2)2N-([TFSA]-) - 78.8 15 12a MP2/6-311G**レベルで計算した[emim]+とイオン対を生成する際の安定化エネルギー(kcal/mol).b[ bmim]+とのイオン液体中の353 Kでのイオンの自己拡散係数(10-7 cm2 s-1).