ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

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概要

日本結晶学会誌Vol58No1

38 日本結晶学会誌 第58 巻 第1 号(2016)都築誠二([TFSA]-)アニオンからなるイオン液体の構造を図1 に示す.電荷をもったイミダゾリウム環や[TFSA]-アニオンの集まった黒っぽい部分と極性の低いアルキル鎖の集まった白い部分がミクロ相分離している.イオン液体では一般に極性部位と非極性部位がそれぞれドメインを形成して分離することが知られている.イオン間に働く分子間力からイオン液体でミクロ相分離が起こる理由がわかる.イオン液体ではカチオンの正電荷とアニオンの負電荷の間に強い引力が働くので,正電荷をもつ部位と負電荷をもつ部位が近距離で接触する液体構造が安定となる.このため正電荷をもつイミダゾリウム環とアニオンが集合して極性ドメインが生成する.そして正電荷と負電荷の相互作用を妨げないように非極性のアルキル鎖が集まり残った空隙を埋めて非極性ドメインを生成している.イオン間に働く分子間力の強さは相互作用するイオンの種類によって変化する.5)イオン間相互作用の強さは,イオン液体中のイオンの拡散や電気伝導に大きな影響を与える.Ab initio分子軌道法で計算された1- エチル-3-メチルイミダゾリウムカチオン([emim]+)と種々のアニオンからなるイオン対の安定構造と孤立したカチオンとアニオンからイオン対が生成する際の安定化エネルギーを図2 に示す.カチオンとアニオンの間に働く引力には誘起力や分散力も寄与するが大部分は静電力である.アニオンの種類により静電力の強さが異なり,相互作用の強さが変化する.BF4-アニオンと比べてPF6-アニオンとカチオンの相互作用が弱いのは,大きなPF6-アニオンではカチオンとの距離が長くなり,静電力による引力の弱くなることが原因である.CF3CO2->CF3SO3->(CF3SO3)2N-アニオンの順に相互作用が弱くなるのも静電力の変化が原因である.これらのアニオンでは負電荷は主に酸素原子と窒素原子に分布する.酸素と窒素原子の数が増えていくと,負電荷が分散するのでカチオンとの間に働く静電力が弱くなっていく.イミダゾリウムカチオンの2 位の水素は結晶中でアニオンと接触していることが多く,水素結合を生成しているとしばしば説明される.しかしカチオンとアニオンの水素結合の性質は中性分子間の水素結合とは全く異なる.1,3-ジメチルイミダゾリウムの2位の水素とBF4-アニオンが相互作用する場合,図3 に示すようにBF4-アニオンのフッ素原子の1 つが2 位の水素と向き合う構造(A)よりもBF4-アニオンが反対を向いた構造(B)のほうが安定になる.カチオンとアニオンの間に働く静電力は方向依存性が小さい.このため立体反発が小さく,カチオンとアニオンの距離を短くできる構造(B)のほうが安定になる.6)イミダゾリウム環の正電荷は2 つの窒素原子の中点付近を中心にして分布しているので,その近くにアニオンが位置する構造が安定になる.6),7)イミダゾリウムカチオンとアニオンからなるイオン対ではアニオンが2 位の水素の近くやイミダゾリウム環の上下にある構造が安定なことが報告されている.これらの構造と比べると,アニオンが4 位や5 位の水素と接触する局所安定構造の安定化エネルギーは小さい.また,四級アンモニウムとア[emim][BF4]-85.2[emim][PF6]-78.4[emim][CF3CO2]-89.8[emim][CF3SO3]-82.6[emim][(TFSA]-78.8図2 Ab initio分子軌道動法で計算したイオン対の安定構造とイオン対生成の際の安定化エネルギー(kcal/mol).(Stable structures of ion pairs and stabilization energies by the formation of ion pairs obtained by ab initio molecularorbital calculations.)NNHHMeMeB F H XFFFRANNHHMeMeF B H XFFFRBAB -100-80-60-40-200203 4 5 6 7E / kcal mol-1R / A図3 1,2-ジメチルイミダゾリウムカチオンとBF4-アニオンの分子間相互作用.(Intermolecular interactionbetween 1,2-dimethylimidazolium cation and BF4-anion.)