ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

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概要

日本結晶学会誌Vol58No1

日本結晶学会誌 第58巻 第1号(2016) 37イオン間相互作用がイオン液体の液体構造や輸送物性に与える影響:Ab initio分子軌道法,分子動力学法を用いた解析の分子間相互作用の解析,分子動力学法を用いたイオン液体電解液中のイオンの自己拡散係数の計算について筆者の研究を中心に紹介する.2.分子間力の種類と計算方法分子やイオンが近づいて相互作用すると表1 に示すような種々の分子間力が働く.分子間力はクーロン力が原因で軌道の重なりの生じない長距離でも働く長距離力と軌道の重なりが原因で軌道の重なりの大きな短距離でしか働かない短距離力に分類される.分子が元々もっている電荷の間のクーロン相互作用である静電力や誘電分極による引力である誘起力,電子の相関運動が原因で生じる引力である分散力(いわゆるファンデルワールス引力)は長距離力に分類される.長距離力のエネルギーは距離のべき乗に反比例し,長距離では徐々に小さくなる.一方,短距離での強い反発である交換反発力や軌道の重なりが原因で生じる引力である電荷移動力は短距離力になる.短距離力のエネルギーは重なり積分の大きさにほぼ比例するので,距離が長くなると急激に減衰する.水素結合,π/π相互作用,CH/π相互作用などの言葉で分子間相互作用が説明される場合もあるが,これらの相互作用も引力の原因は静電力や分散力であり,特別な原因の引力が働くわけではない.水素結合では引力の大部分は静電力であり,分散力や誘起力も引力に寄与する.2)またπ/π相互作用やCH/π相互作用のような弱い分子間相互作用では引力の大部分は分散力である.2),3)水素結合やπ/π相互作用は構造(分子のどの部位が接触して相互作用しているか)に基づいて相互作用を分類している.酸素や窒素などの電気陰性度の大きな原子に結合した水素(水素結合供与体)と電気陰性度の大きな原子やπ電子系(水素結合受容体)の間に働く引力が水素結合と呼ばれている.また,芳香環の間に働く引力はπ/π相互作用と呼ばれている.Ab initio分子軌道法は実験データに基づく経験的なパラメータを使わない第一原理計算だが,近似計算なので,相互作用エネルギーを正確に評価するには適切なレベルの近似(基底関数系と電子相関の補正法の選択)を用いる必要がある.分散力は分子の分極と電子の相関運動が原因なので,分散力を精密に計算するには分子の分極を正確に評価できる十分に大きな基底関数系を用い,MP2法(Mφller-Plessetの二次摂動法)やCCSD(T)法(3電子励起まで考慮したcoupled cluster法)を用いて電子相関を補正する必要がある.4)HF法(Hartree-Fock法)やB3LYP法などのDFT法(密度汎関数法)では分散力は評価できない.π/π相互作用やCH/π相互作用のように分散力が引力の主な原因になっている場合,相互作用エネルギーを正確に計算するには,計算時間のかかる精密な計算が必要になる.一方,イオン間の相互作用では引力の大部分が静電力なので,電荷分布が精度良く評価できる分極関数を含む基底関数系(6-311G**など)を使い,DFT法やMP2法で電子相関を補正すれば,イオン間の相互作用はほぼ正確に計算できる.5)3.イオン液体の分子間相互作用イオン間に働く分子間力はイオン液体の構造を決めている.分子動力学法で計算した1-オクチル-3-メチルイミダゾリウムカチオン([C8mim]+)と(CF3SO3)2N-表1 分子間力の種類.(Intermolecular forces.)種類特徴長距離力(クーロン力による相互作用,E~R-n)静電力引力または斥力,中性分子では強い方向依存性をもつ誘起力引力,イオン,水素結合などで重要分散力(ファンデルワールス引力) 引力,有機分子の引力として重要短距離力(軌道の重なりによる相互作用,E~exp(-aR))交換反発力近距離での強い斥力電荷移動力軌道の重なりにより生じる引力図1 周期境界条件を用いた分子動力学法で計算した[C8mim][TFSA]イオン液体の構造.(Liquidstructure of [C8mim][TFSA] ionic liquid obtainedby molecular dynamics simulation with periodicboundary condition.)