ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

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概要

日本結晶学会誌Vol58No1

36 日本結晶学会誌 第58 巻 第1 号(2016)日本結晶学会誌 58,36-41(2016)特集 ユニークな分子の凝集構造 ~不均一性・階層性・多形性の立場から~1.はじめに分子と分子が近づくと種々の原因による分子間力(分子間相互作用)が働く.分子間力は分子集合体の構造を支配している.分子間力は分子結晶中の分子の配列を決め,分子結晶の光物性や伝導性などの物性に影響を与える.また,分子間力は分子液体の構造,輸送物性,溶質の溶解度を決めている.さらに分子間力は高分子,液晶の構造や物性,生体分子の構造形成や分子認識にとっても重要である.分子間力を詳しく知ることは,分子集合体の構造形成機構の理解につながり,有機材料の合理的な設計にとっても重要である.相互作用する分子の種類によって分子間力の性質(引力の強さ,引力の原因,相互作用の距離依存性や方向依存性)が異なる.水と飽和炭化水素で液体の性質や結晶構造が全く異なるのは分子間力の性質の違いが原因である.水は水素結合で分子間に強い引力が働く.このため水の沸点は高く,蒸発熱も大きい.一方,飽和炭化水素では分散力による弱い引力が働くだけである.このため水よりも分子量の大きなエタンやプロパンの沸点は水よりも低い.また,有機分子は凝固すると体積が減少するが,水は氷になると体積が増す.水が固化する時に膨張するのは水の結晶が大きな空隙をもつことが原因である.水素結合は強い方向性をもつ静電力が引力の主な原因になっている.結晶中の水は水素結合による安定化に有利な向きに配列するので,水の結晶には大きな空隙が残っている.一方,有機分子の結晶では隙間を減らすように分子が配列する.有機分子では多くの場合,分散力が分子間に働く引力の主な原因になっている.分散力は方向依存性が小さく,分子間距離が短いと分散力による安定化には有利になる.このため,有機分子の結晶では隙間が少なく平均分子間距離が短い構造が安定になる.分子間力の詳細を実験手法だけで明らかにすることは容易ではない.結晶や溶液構造の解析から隣接分子との平衡距離がわかれば,分子間相互作用ポテンシャルのミニマムでの分子間距離を知ることができる.また,結晶の昇華熱や液体の蒸発熱を測定すれば,平均した分子間に働く引力の強さがわかる.しかし,これらの方法ではそれぞれの分子間に働く引力の強さや分子間力の方向性を直接知ることはできない.また,分子間に働く引力への静電力や分散力のそれぞれの寄与の大きさを知ることも難しい.一方,ab initio分子軌道法を用いれば比較的容易に分子間相互作用エネルギーを精度良く計算することができる.1)また,それぞれの分子間力の寄与の大きさも計算できる.20年ほど前は分子間相互作用エネルギーの精密計算には,計算機センターの大型計算機が必要であった.しかし,今では計算機の高速化と計算手法の発展の結果,サーバと呼ばれるデスクサイドのパソコンでもかなりの計算ができる.本稿で紹介する計算も現在ではすべてデスクサイドの計算機で実行できる.実験化学者が興味をもつような大きさの分子の分子間相互作用を精度良く計算できるようになり,ab initio分子軌道法は分子間相互作用を解析する実用的な手法になりつつある.また,分子軌道法と並ぶ計算化学の代表的な手法である分子動力学計算を行えば,溶媒和構造などの液体構造の詳細の解明やイオンの拡散などの輸送物性の計算にも利用できる.本稿では分子間相互作用の計算法について説明するとともに,ab initio分子軌道法を用いたイオン液体イオン間相互作用がイオン液体の液体構造や輸送物性に与える影響:Ab initio分子軌道法,分子動力学法を用いた解析産業技術総合研究所機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センター 都築誠二Seiji TSUZUKI: Effects of Intermolecular Interaction Between Ions on Liquid Structuresand Transport Properties of Ionic Liquids: Analysis by Ab Initio Molecular OrbitalCalculations and Molecular Dynamics SimulationsLiquid structures and transport properties of ionic liquids are determined by the intermolecularinteractions between ions. The ion dependence of the interactions between ions and self-diffusioncoefficients of ions in ionic liquids was studied by ab initio molecular orbital calculations andmolecular dynamics simulations. The relationship between the interaction between ions and the liquidstructure and transport properties of ionic liquids were discussed.