ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

概要

日本結晶学会誌Vol58No1

34 日本結晶学会誌 第58 巻 第1 号（2016）鈴木芳治今，150 Kでの加圧過程と減圧過程での転移圧力，PH-to-L（■，□）とPL-to-H（●，○），の濃度依存性を図6 に示した．濃度の増加とともにオンセットPH-to-L（■）とオンセットPL-to-H（●）の間隔が狭くなる．0.10 mf以上の試料では体積変化がブロードであるためPH-to-LとPL-to-Hの位置は特定できなかったが，0.10 mfの体積変化にはヒステリシスが存在し，0.12 mfの試料にはヒステリシスがないことがわかる．これは0.12 mf付近に臨界点が存在することを示唆する．われわれは図6 から，150 K のグリセロール水溶液のLLCPの位置を0.03 ～ 0.05 GPa，0.12 ～ 0.15 mf と見積もった．したがって，150 K のグリセロール水溶液の圧力－濃度（P-c）状態図には図6 に示すようなLDLとHDLの共存領域が存在しているのかもしれない．これまでの過冷却状態の純水の研究から，純水（H2O）のLLCPの位置は0.02 ～0.05 GPa，221 ～225 K であると考えられている．38），39）純水の臨界圧力は150 Kのグリセロール水溶液で見積もった臨界圧力（0.03 ～ 0.05 GPa）とほぼ同じであり，LLCPの圧力はグリセロール濃度に対してほとんど依存していない．つまり，グリセロール濃度に対するLLCPの変化は，単純に考えると，図7 のLLCLで示すように1 気圧のグリセロール水溶液のT-c 面にほぼ平行に変化するのかもしれない．これは1 気圧のグリセロール水溶液には少なくとも150 K 以上でLLTが起きないことを意味する．1気圧のグリセロール水溶液にはLLTが存在しないが，1気圧のTHの濃度依存性や，Tgの折れ曲がりなどはLLCPの延長線上（Widom線）にあり，水溶液の性質は2 つの水の状態の揺らぎと関係しているように見える．6．まとめと今後の展望水には2 つのガラス状態が存在し，それらは相互に不連続な転移をする．これは，水には低温に2つの液体が存在し，その2 つの水に関係した臨界点が存在する可能性（LLCP仮説）を示唆している．本稿では水のポリアモルフィズムと水溶液の関係を実験的に調べ，水のポリアモルフィックな振る舞いは圧力や温度だけではなく，溶質の組成や濃度にも依存することを示した．低濃度グリセロール水溶液ガラスは純水に関係したポリアモルフィックな振る舞いを示し，その振る舞いは2 つの水の存在とLLCPの存在を，純水で観測されるポリアモルフィックな振る舞いより明確に示している．さらに，溶質の存在により，LDAライクな溶媒水とHDAライクな溶媒水が共存する領域が存在することも示唆された．この共存領域の存在は水溶液系では一般的な現象なのかもしれない．本実験から，水溶液の構造や振る舞いには少なくとも水のポリアモルフィズムが影響を及ぼしていることが示唆された．本研究の主な目的は，溶質分子が水のポリアモルフィズムへ与える影響を理解することであったが，180度視点を切り替えると，2つの水の存在やLLCPの存在が溶質分子の動的構造に与える影響を理解することも意味があるテーマと思われる．最近の研究では，LLCP?~150KcoexistenceregionPH-to-L PL-to-HWidomlineglycerol concentration /mf0.0 0.1 0.2 0.30.000.020.040.060.080.100.12Pressure / GPaAHDA-likesoluteLDA-likesolutelow-density high-density図6 150 Kのグリセロール水溶液のポリアモルフィック転移圧力の濃度依存性とポリアモルフィック転移の共存状態の模式図．（Concentration dependenceof the polyamorphic transition pressure of glycerolwatersolutions at 150 K and the schematic pictureof the coexistence region during the polyamorphictransition.）?0.1 0.2 0.30.10.20.050.15150180200220240160THTgTXWidom surface LLCL?HDL-likeLDL-likeLLCPLDL+HDLLDL(LDA)HDL(HDA)glycerol-watersystemT (K)P (GPa)c (mf)図7 グリセロール水溶液のP-T-c状態図．（Schematicpolyamorphic P-T-c diagram of the glycerol-watersolution.）