ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

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概要

日本結晶学会誌Vol58No1

32 日本結晶学会誌 第58 巻 第1 号(2016)鈴木芳治化するか?について調べた.本稿ではグリセロール水溶液のポリアモルフィズムについて報告する.3.低濃度水溶液のガラス化水溶液のポリアモルフィックな振る舞いを実験的に調べるためには,低濃度の水溶液をガラス化する必要がある.一般に溶質の存在は水の結晶化を阻害し,水溶液のTH は濃度とともに低くなる.29)濃度が増し,TH がTg に近づいた時,その水溶液は結晶化せずに,比較的容易に均一なガラスになる.1気圧でグリセロール水溶液を冷却した場合,冷却速度にもよるが,0.12 モル分率(molarfraction:mf)以上の水溶液は比較的簡単にガラス化する.一方,0.12 mf以下の低濃度グリセロール水溶液を冷却した場合,溶媒水の一部は結晶化し,29)溶質をほとんど含まない氷Ihと高濃度水溶液ガラスが混在した状態になる.つまり偏析が起こり,溶媒水の状態は不均質になる.この不均質な状態は液体超急冷法を用いて1 気圧の低濃度水溶液をガラス化した時にも起こる.27)例えば,低濃度塩化リチウム水溶液を1 気圧でガラス化した場合,その溶媒状態は溶質をほとんど含まないLDAと高濃度LiCl水溶液ガラスが混在した不均質なガラス状態になる.一方で,水や水溶液のTHは加圧よっても低くなり,29)高圧下ではガラス化しやすくなる.実際に1気圧の水をガラス化させるには106 K/s以上の冷却速度が必要だが,11)0.3 ~ 0.5 GPa下の水は103 K/s以上の冷却速度でガラス化することができる.13)高圧下でガラス化された水溶液ガラスの溶媒は均一な状態であり,その状態はHDAライクであることがこれまでの研究でわかってきた.30)これは,Soperらが示唆した,圧力が室温の水の構造に与える効果と溶質(電解質)が溶媒水に与える効果は等価であること,31)と矛盾しない.また,この関係は低温の高密度水溶液ガラスとHDAの間でも示されている.32)本研究では,低濃度グリセロール水溶液の均一なガラス状態を作るために,0.02 ~ 0.12 mfのエマルジョン化したグリセロール水溶液を室温で0.3 GPaに加圧し,約40 K/minの冷却速度で77 Kに冷却し,出発試料として高密度状態のグリセロール水溶液ガラスを作った(図2).ちなみに,エマルジョン化によるポリアモルフィックな振る舞いへの影響はほとんどないことが確認されている.9)4.グリセロール水溶液のポリアモルフィズム温度一定で減圧・加圧した時の高密度グリセロール水溶液ガラスの状態変化を体積変化および試料の温度変化から調べた.また,この状態変化の温度依存性とグリセロール濃度依存性を調べた.図3a に0.02 mfのグリセロール水溶液ガラスの圧力変化に対する体積変化とその温度依存性を示す.高密度の水溶液ガラスを142 Kで0.6 GPa から減圧させると,PH-to-L=約0.08 GPa で急激に体積が増加し低密度状態になる.この低密度状態の水溶液ガラスを同じ温度で加圧するとPL-to-H=約0.31 GPaで急激に体積が減少して高密度状態になる.減圧と加圧によるステップ状の体積変化はヒステリシスをもち,温度が高くなるにつれ,PH-to-Lは低圧側に,PL-to-Hは高圧側にシフトし,ヒステリシスの間隔は狭くなることがわかる.図3 には示さないが,0.02 mf の場合,152 K で高密度状態の試料を減圧した時,低密度状態への転移途中で結晶化した.高密度状態と低密度状態のグリセロール水溶液ガラスの溶媒状態を調べるため,0.07 mf のバルクのグリセロール水溶液ガラスのラマン分光測定が行われた(図4).グリセロール分子と水分子(H2O)のOH伸縮振動モードの重なりを避けるため,溶媒はD2Oを用いた.図4に示したすべてのスペクトルは約30 K,1気圧で測定された.溶媒水の状態の同定は,D2OのHDA,LDA,結晶氷Ic のOD伸縮振動モードの概形と特徴的なピーク位置を比較することで総合的に判定した.高密度グリセロール水溶液ガラスのOD伸縮振動モードのラマンスペクトルは,HDAのラマンスペクトルと比較して若干低振動側にシフトしているが,スペクトルの概形は似ている.これは高密度状態の溶媒状態がHDAライクであることを意味する.一方,低密度グリセロール水溶液ガラスのOD伸縮振動モードのスペクトルは高密度の試料のスペクトルより低振動数側に位置し,約2300 cm-1の特徴的なピークの位置はLDAのピーク位置とほぼ一致している.スペクトルの概形はLDAよりは図3 グリセロール水溶液のP-V曲線とその温度・濃度依存性.(P-V curves of glycerol-water solution andtheir temperature and concentration dependences.)○と□は転移圧力,PL-to-HとPH-to-L.黒塗りはオンセット,白抜きはオフセットの圧力を表す.見やすくするために142 K以外のP-V曲線は垂直方向にシフトした.