ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

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概要

日本結晶学会誌Vol58No1

日本結晶学会誌 第58巻 第1号(2016) 31グリセロール水溶液ガラスのポリアモルフィズムられた高密度のガラス状態の水を高密度アモルファス氷(high-density amorphous ice:HDA),と呼んでいる.歴史的経緯からどちらもアモルファス氷と呼んでいるが,LDAとHDAはそれぞれ低圧の液体の水と高圧の液体の水に関係したガラス状態の水である.これまでのアモルファス氷の構造解析実験から,2 つのアモルファス氷には長距離秩序構造はなく,15)構造の異なった乱れた状態であることが示されている.現時点では,異なる乱れた構造の違いを定量化する指標はないが,2 つのアモルファス氷の幾何学的(トポロジカル)な分子配置は特徴づけられている.16)例えば,LDAは5 ~7個の水分子の員環状の水素結合ユニットの集合体と考えられ,17)水素結合ペンタマーの正四面体性は比較的高い.一方,HDAは7 ~ 9 個の水分子の員環状のユニットが潰れて折り畳まれた状態と考えられている.17)したがって,HDAを構成する水素結合ペンタマーの正四面体性はLDAよりは低いと考えられている.LDAとHDAは圧力や温度変化で互いに不連続な転移をする.18),19)例えば,1 気圧,77 Kで回収したHDAを昇温すると,125 ~ 130 Kで急激な体積の増加を伴いながらLDAに転移する(図1bのA).この時の転移温度は昇温速度やHDAの緩和状態に依存する.一方,LDAを約135 K で加圧すると約0.35 GPa 付近で不連続な体積変化を伴いながらHDAに転移し,同じ温度でHDAを減圧すると約0.05 GPa付近でLDAに転移する(図1b のB線上).19)この時のLDA-HDA転移はヒステリシスを示すが,LDA-HDA転移は非平衡状態で起こる現象であるために,転移の本質が一次であることは実証できない.しかし,例えば,LDA-HDA転移中にLDAとHDAの中間状態は存在せず,LDAとHDAの状態が共存していること20)- 22)などから,現時点ではLDA-HDA転移が一次転移であると判断されている.このように,「水に異なる2 つのガラス状態が存在し」,「その2つのガラス状態が不連続に転移する」,という2つの実験事実は水の液体論を考えるうえで非常に興味深い問題を提起する.ガラスは温度を上げるとTg 以上で液体になることから,水にはLDAとHDAに対応した2つの液体,低密度水(low-density liquid:LDL)と高密度水(high-density liquid:HDL),が存在することが示唆される.例えば,WinkelらはLDAとHDAにそれぞれ異なったTgを観測し,異なる2 つの水の存在を示唆している.23)また,LDA-HDA転移の一次性は,この2つの液体間で不連続に転移すること(液-液転移,liquid-liquidtransition:LLT)をほのめかしている.もし,2つの液体が存在し,LLTが一次なら,2つの水の共存線の終端には気-液臨界点とは異なる液-液臨界点(liquid-liquidcritical point:LLCP)が存在することを意味する(図1b).一般に臨界点近傍では状態の揺らぎが大きくなることが予想される.LLCP付近でも,2 つの水の構造の揺らぎが大きくなるはずであり,この揺らぎの影響が,低温で観測される水の奇妙な振る舞いなど(例えば,4℃での密度の極大)に関与していると考えられている.しかし,2つの水の存在とLLCPの存在は実験的に証明されておらず,いまだにこの説は仮説(LLCP仮説)のままである.なぜなら,図1bに示すTHとアモルファス氷が結晶化する温度TXの間の温度領域(no-man’s land)では,液体は短時間で結晶化してしまい,研究室の時間スケールでは液体状態の観察ができないためである.それでも,TX 以下のアモルファス氷に関する実験結果やLLCP付近のTH以上での過冷却水に関する実験結果は,間接的ではあるが,2 つの水の存在とLLCPの存在を強く示唆している.例えば,no-man’s land 内で高圧氷(Ⅲ,Ⅳ)の融解曲線が測定されており,24),25)融解曲線とLLTとが交差する時の融解曲線の折れ曲がりの有無は,LLTの存在とLLCPのおおよその位置を示唆している.これまでに蓄積された多くの実験データはむしろ2つの水とLLCPの存在を強く支持している.もしLLCPが存在するなら,LLCP周辺の2 つの水の状態の揺らぎはWidom線に沿って1 気圧・室温付近まで及ぼすと考えられる.26)そして,この影響は水溶液の構造や機能にも少なからず及ぼすはずである.しかし,水のポリアモルフィズムと水溶液の関係,もしくは溶質と水のポリアモルフィズムへの関係はほとんど理解されていない.そこでわれわれは,LLCP仮説がもっともらしいと仮定したうえで,水のポリアモルフィズムの観点から水溶液の振る舞いを再考し,溶質の存在が水のポリアモルフィズムに与える影響を実験的に調べてきた.10),27),28)つまり,図2 に示すように,溶質に関する変数(溶質の組成や濃度)を変えた時に図1bの状態図がどのように変LDL HDLLLCPPTcvitrification40 K/minhigh-densityglassy samplevolume/tempmeasurement~0.3GPa図2 溶質の水のポリアモルフィックな振る舞いへの影響と高密度試料の生成および測定プロセス.(The effect of solute on the polyamorphic behaviorsof water, the preparation and measurement process ofhigh-density glassy sample.)