ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

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概要

日本結晶学会誌Vol58No1

28 日本結晶学会誌 第58 巻 第1 号(2016)阿部 洋一定で温度を下げるとピーク強度が大きくなる.SANSピークの濃度依存性と温度依存性を可視化するために,ATSASプログラムパッケージ48)で解析・シミュレーションを行った(図7).49)シミュレートされたwater pocketの大きさの分布は,液体中にナノスケール閉じ込められているにもかかわらず,ほとんど単分散である.ただし,シミュレーション結果は,ある時間のスナップショットで,water pocketは有限の寿命で生成・消滅していると予測される.MDでシミュレートされた純粋なイオン液体のナノドメインの長い寿命や,時間平均のSANSでピークとして観察されることを考慮すると,water pocketの寿命は非常に長いと考えられる.最近のNMRの実験からもwater pocketの長寿命性が裏付けられた.50)BF4-アニオン共通のイオン液体-水混合系で,H2OとHODの交換速度が非常に遅いことから,water pocketを介したH/D交換と解釈されている.また,ラマン分光実験から,waterpocketが存在する水の濃度領域(70 < x < 90)で,水分子の水素結合がバルク水のものと異なることがわかった.22)つまり,水分子はナノスケールで閉じ込められることによって,水分子の水素結合状態が変化する.閉じ込め効果によって,水素結合の制御の可能性が得られたことは大きな収穫である.この水素結合に関連して,最近,water pocketの異常な凍結が報告された.51)徐冷にもかかわらず,water pocketが存在する水濃度領域で結晶化が妨げられる.この不連続なアモルファス形成から,water pocketが通常の核生成のための“ゆらぎ”を抑制していると考えられる.[DEME][NO3]-D2OのSANSでは,明瞭なピークが観測されなかった.47[) C4C1im[]NO3]-D2O系と比較すると,NO3-アニオンとD2Oが共通なので,C4C1im+とDEME+カチオンの特徴がwater pocket生成可能か不可能かを決めている.pH振動の有無の考察と同じように,C4C1im+カチオンと水分子間の斥力とDEME+カチオンと水分子間の引力(図4)がwater pocketの安定化・不安定化に関与している.C4C1im+カチオンが多く占めるナノドメインから水分子は掃き出され,結果的に,水分子がパーコレートできない濃度領域(x< 90)では,水分子はイオン液体中に閉じ込められる.一方,前述のとおりDEME+カチオンは酸素があるので,水分子を引き寄せることができる.また,NO3-アニオンもプロトン捕獲性が非常に大きいことはよく知られている.水分子は局所的な電荷バランスを保つために,カチオンとアニオン間をゆっくり移動して局所的に閉じ込められないのが[DEME][NO3]-D2O系のユニークなポイントである.4.おわりに固体中に閉じ込められたナノスケールの水クラスターは強く束縛されているので,空間的な自由度が制約される.イオン液体中にゆるく閉じ込められたwater pocketはその形態が可変で,かつ,流動的あるというメリットがある.タンパク質の動的平衡と同じように,環境変化に逐次対応可能な特性が現れていると考えられる.近い将来,カチオンとアニオンの組み合わせで多様な水素結合を有するwater pocketの設計ができ,新たな『ゆるい閉じ込めのナノ不均一工学』の扉が開かれると期待している.Water pocketの寿命はわれわれが思っているよりも長く,MDでシミュレートできないうえに,中性子のスピンエコーのエネルギー分解能をもってしても検出できないと考えている.Water pocket形成機構解明のために,長い寿命が測定できる新しいプローブの開発が必要であり,各分野の専門家の協力体制の確立が急務である.物24.8 ℃5.0 ℃69.6 74.8 77.8 79.9 89.9xT図7 可視化されたwater pocketの水濃度依存性と温度依存性.(Simulated water pockets on water concentration andtemperature.)