ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

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概要

日本結晶学会誌Vol58No1

22 日本結晶学会誌 第58 巻 第1 号(2016)古府麻衣子,山室 修めることができる.図6 に3 つの緩和の活性化エネルギーの陰イオンおよびアルキル鎖長に対する依存性を示す.陰イオン依存性を見ると(図6a),一番速い緩和(τ1)のEa は陰イオン種によらないが,遅い2 つの緩和(τ2,<τ3>)のEaは陰イオンを大きくすると減少する.このことは,これら2 つの緩和が陰イオンとイミダゾリウム環の間に働くクーロン相互作用によって支配されていることを示している.一方,どの緩和のEaもアルキル鎖長を変えてもほとんど変わらない(図6b).これはイオン液体のナノ構造を考えると理解できる.冒頭で述べたように,イオン液体では極性部分と無極性部分はそれぞれ集合し,ミクロ相分離している(図7参照).陰イオンを変えると,クーロン相互作用の大きさが変化するため,イオン拡散(<τ3>)とイミダゾリウム環の運動(τ2)は影響を受けるが,別の領域にあるアルキル鎖の長さを変えることには鈍感である.同様に,アルキル鎖の回転運動(τ1)は陰イオンを変えても影響をあまり受けない.また,アルキル鎖長にもよらない.これは,アルキル鎖の運動が局所運動であり,周囲のCH2基が作るポテンシャルによって支配されるためである.4.3 階層的ダイナミクスの全体像中性子準弾性散乱により観測された緩和の温度依存性の全体像(緩和マップ)を図7 に示す.4 つの運動の模式図も合わせて示した.室温付近で,アルキル鎖は1 ps程度の時間スケールで動いており,あまり温度依存しない(Ea ~ 5 kJ/mol).イミダゾリウム環の局所緩和は1 ~10 ps領域で起こり,その活性化エネルギーはEa= 15 ~25 kJ/mol である.イオン拡散は0.1 ~10 nsの時間領域にあり,活性化エネルギーは陰イオン種によって大きく異なる(Ea= 30 ~ 50 kJ/mol).興味深いことに,ナノ構造の緩和の活性化エネルギーはイオン拡散とあまり変わらず,陰イオン依存性も類似している.つまり,ナノ構造のエネルギー的安定性を主に支配しているのはイオン部分のクーロン相互作用である.イオン液体の層構造はそれほど強固なものではなく,ナノ構造とその壊れた構造の自由エネルギーに大きな差はないことを示唆している.最後に,ガラス特性との関係について触れておく.われわれは,低温の粘弾性測定も行い,QENSで観測したイオン拡散(<τ3>)と比較した.C8mimX(X=Cl,PF6,TFSI)では<τ3>と粘度の温度依存性はほぼ同じカーブ上にのり,また測定した全試料について,<τ3>と粘度の値にはっきりした相関が見られた.この結果は,アルキル鎖の運動ではなく,イオン拡散が粘度およびガラス転移と直接関係していることを示唆している.実際,ガラス転移温度やイオン拡散の活性化エネルギーはクーロン相互作用により決定されているように見える.ここで,PF6 やTFSIなど分子内自由度があるアニオンでは,その自由度が結晶の安定性,ガラス転移温度やガラス形成能に影響している可能性があることを付け加えておく.それでは,アルキル鎖の役割とは何であろうか? イオン液体が低融点であるのは,結晶でのクーロン相互作用がアルキル鎖で隔てられることにより弱くなること,液体状態でアルキル鎖が非常に高い自由度をもつことによりエントロピー的に安定化すること,液体状態がミクロ相分離構造の形成によりエンタルピー的に安定化することによると考えられる.このように,アルキル鎖の存在は,イオン液体のダイナミクスそのものよりも,“イオン液体”という状態の実現(熱力学的安定性)に重要な役割を果たしているようである.5.おわりに本稿では,中性子散乱測定から明らかになったイミダゾリウム系イオン液体の構造とダイナミクスについて紹介した.イオン液体のナノ構造は冷却に伴い急激に成長し,低温にあるSmA相への臨界挙動(その初期のゆら図6 活性化エネルギーの(a)陰イオン半径および(b)アルキル炭素鎖数依存性(. Activation energies against(a)anion radius and(b)alkyl carbon number.)図7 中性子準弾性散乱で見たC8mimTFSIの緩和の全体像および対応する運動の模式図.(Overallrelaxation map of C8mimTFSI obtained by QENS andschematic drawing of each motion.)