ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

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概要

日本結晶学会誌Vol58No1

20 日本結晶学会誌 第58 巻 第1 号(2016)古府麻衣子,山室 修照).距離2π/Qlow(= d)は,陰イオンを変えてもあまり変わらず,アルキル炭素鎖数に比例する(∂d/∂n= 2.2 A).3)この値は,all-trans構造を仮定した際のCH2ユニット当たりの長さ1.26 Aのほぼ2 倍である.図2b に示されるように,dの値はおおまかにアルキル鎖2本分にイオン部分の大きさを足したものとなっており,少なくとも室温付近では,アルキル鎖はあまり相互貫入していない.結晶ではアルキル鎖は相互介入しており,このことは液体状態の構造との違いの1 つである.温度を下げると,イオン相関(Qion)は高Q側に少しシフトする.これは,密度の増大(イオンのパッキングが良くなること)によるものである.興味深いのは,低Qピークの温度変化である.冷却に伴い,ピーク強度が劇的に増大する.これはナノ構造が低温で急激に成長していることを意味する.低Qピークがアルキル鎖によって隔てられた極性部分間の相関であることはコンセンサスが得られているが,その三次元構造についてはまだ議論の渦中にある.これまで三次元構造として,ミセル構造,ラメラ(層状)構造,リボン状構造などが提案されてきた.最近,われわれはナノ構造の起源を明らかにするため,CnmimPF6(n= 4 ~ 16)の相挙動と構造を示差走査熱量計(DSC)とX線回折測定を用いて詳細に調べた.8)n が10 より長いアルキル鎖をもつCnmimXでは,液晶相(smectic A:SmA)が発現することが知られている.われわれは,n < 10 の試料においても過冷却領域に液体-液晶相転移があること突き止めた.さらに,SmA相の層間距離に対応するブラッグピークと低Qピークがほぼ同位置に現れることを明らかにした.これらの結果から,イオン液体のナノ構造は液晶相の層構造のゆらぎであると結論した.最近,われわれの結論を裏付ける計算機シミュレーションの結果も報告されている.9)4.準弾性散乱4.1 干渉性準弾性散乱ナノ構造およびイオン相関のダイナミクスを調べるために,QlowとQionのQ位置で中性子スピンエコー測定を行った.測定にはNISTのNSE装置を用い,7 ps ~17.5 nsの時間(フーリエ時間という)領域で測定を行った.イオン相関のダイナミクスは後述する非干渉性準弾性散乱でも測定しているので,ここでは省略する.図3 はQ=Qlowでのd-C8mimPF6の中間散乱関数(I Q,t)/(I Q,0)である.このデータはI Q tI Q( , ) A f t f t( , )exp( / ) exp( / )0= + 1 ? τ1 + 2 ? τ2 (1)という2 つの指数関数(τ1< τ2)の和でフィットできた.最初の定数項AはNSEの観測時間スケールより短い時間で緩和してしまった非常に速い緩和成分の分率に相当する.また,遅い緩和の分率f2は温度低下に伴い増大する.これは回折パターンの温度変化で見られた低Qピークの強度増大と対応している.このことから,τ1 とτ2の緩和時間をもつ2つの緩和は,それぞれナノ構造の緩和とナノ構造が壊れた部分の緩和であると結論付けた.ナノ構造の緩和が観測されたのは,このわれわれの実験が初めてである.これらの結果は,イオン液体にはナノ構造が秩序化した領域とより無秩序な領域が混在していることを示唆している.また,昇温によりナノ構造はぼやけ,無秩序領域は増大する.室温付近のイオン液体は非常に不均一であるので,ナノ構造の正体について決着をつけるためには,低温でのより精密な実験・シミュレーションが必要であろう.4.2 非干渉性準弾性散乱陰イオンやアルキル鎖長を変化した際に,どのように微視的ダイナミクスが変化するかを調べるため,非干渉性QENS測定をAGNESとHFBSで行った.AGNESとHFBSは異なるエネルギー分解能・エネルギー領域をもち,それぞれ0.1 ~ 10 ps,0.1 ~ 10 nsの時間領域の緩和挙動を調べることができる.測定には軽水素試料を用いており,H原子の大きな非干渉性散乱断面積を考慮すると,主に陽イオンの自己拡散を観測していることになる.まず,C8mimTFSI (TFSI:[CF3SO2]2N)についてAGNESとHFBSで得られた準弾性散乱スペクトルを図4 に示す.両方のデータとも,?ω= 0を中心にブロードなピーク(準弾性散乱)が現れている.AGNESのデータは以下のようなδ関数(弾性成分)と2 つのローレンツ関数(準弾性成分)の和で解析した.S Q R Q A AL BGLE iiiiii( , ) ( , ) ( ) ( )( )ω ω δ ω ωωπ ω= ? +???+=+= Σ1221 ΓΓ2 (2)図3 d-C8mimPF6の低Qピーク位置(Q=0.3 A-1)における中間散乱関数.(Intermediate scattering functionsof d-C8mimPF6 observed at Q=0.3 A-1.)編集部注:カラーの図はオンライン版を参照下さい.