ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

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概要

日本結晶学会誌Vol58No1

日本結晶学会誌 第58巻 第1号(2016) 19イミダゾリウム系イオン液体の階層的・ガラスダイナミクスラス転移は200 K前後であり,ガラス転移で大きな熱容量のとびが見られる.これはイオン液体が(配置エントロピーの大きな)fragile 液体であることを示唆しており,そのエントロピーは主にアルキル鎖の自由度に起因する.この事実から,アルキル鎖がガラス形成と大きく関連していると考えられる.一方,ガラス転移温度はアルキル鎖にはあまり依存しないが,陰イオンを小さくすると高くなる傾向がある.これはイオン間のクーロン力がガラス転移温度を決定していることを意味する.それでは,ガラスのダイナミクスにとって重要なのはアルキル鎖とイオンの運動のどちらなのであろうか? われわれは,この問いに答えるため,アルキル鎖および陰イオン種を系統的に変え,微視的ダイナミクスがどのように変化するかを調べた.7)2.中性子散乱で観えるものまず,中性子散乱により何がわかるかを簡単に示したい.中性子散乱では,試料に中性子を入射し,散乱された中性子を測定する.散乱された中性子の方向(散乱角2θ)とエネルギーを検出することにより,入射中性子と散乱中性子の運動量遷移(?Q)とエネルギー遷移(?ω)を知ることができ,結果的にQ-ω空間での散乱強度を測定することができる.散乱強度から得られた動的構造因子S(Q,ω)は,時間空間相関関数G(r,t)のフーリエ変換に対応する.中性子散乱では,非干渉性散乱断面積が比較的大きく,干渉性散乱だけではなく非干渉性散乱からも情報が得られる.干渉性散乱は回折現象を起こす散乱成分であるが,非干渉性散乱は回折を起こさないため,単独の原子核のみからの散乱の和となる.干渉性散乱の場合は,時刻0 にriとrjにいた原子が,時刻t でri’ とrj’ にいる確率を表している.つまり2 つの原子の距離相関(2 体相関)の時間発展がわかることになる.一方,非干渉性散乱の場合は,単独原子が時間とともに移動していく様子(自己相関関数)を調べることができる.中性子はX線などに比べると,軽元素の散乱断面積が比較的大きいことが特長である.なかでも,軽水素の非干渉性散乱断面積は80 barn(1 barn = 1 × 10-24 cm2)とほかの原子の散乱断面積(数barn 程度)よりも圧倒的に大きい.したがって軽水素を含む試料を測定すると,軽水素(およびそれと強く結合した原子)の単独運動(自己拡散)のみを取り出すことが可能である.逆に,軽水素を重水素に置き換えることにより,干渉性散乱の寄与を大きくし,特定の距離相関の運動だけを取り出すという方法も可能になる.本稿で紹介するイオン液体の研究では,重水素化試料,軽水素化試料の両方を用いた.重水素化試料では,ナノ構造,イオン相関の回折ピーク位置で準弾性散乱を測定することにより,それぞれの相関に対応した運動を選択的に観測した.測定には米国標準技術研究所(NIST)に設置された中性子スピンエコー装置NSEを用いた.中性子スピンエコー法では,得られるデータはS(Q,ω)ではなくその時間フーリエ変換に対応する中間散乱関数(I Q,t)であるため,緩和測定に非常に適している.一方,アルキル鎖・陰イオンを変えた測定は軽水素化試料で行った.測定には日本原子力研究開発機構のJRR-3原子炉に設置された東大物性研の高分解能パルス冷中性子散乱装置AGNESおよびNISTに設置された後方散乱装置HFBSの2つを用いた.非干渉性QENS測定では,運動をQ によって分離するのではなく,それぞれの運動が異なる時間スケールをもつことによって分離している.また,緩和時間や緩和強度のQ 依存性を調べることにより,運動の空間情報を得ることができる.3.中性子回折NSE分光器で測定した重水素化C8mimPF6 (d-C8mimPF6)の中性子回折パターンの温度変化を図2aに示す.NSE分光器では偏極解析が可能であり,非干渉性散乱と干渉性散乱を分離することができる.ここでは,干渉性散乱のみが取り出されている.Q = 1.0 A-1(=Qion)付近のピークは隣り合ったイミダゾリウム環あるいは陰イオン同士の2体相関(イオン相関)に対応する.このピークは陰イオンが大きいほど低Qにシフトする.一方,Q =0.3 A-1(=Qlow)付近のピークはアルキル鎖によって隔てられたイミダゾリウム環間距離に対応する(図2b 参図2 (a)d-C8mimPF6の中性子回折パターンの温度変化と(b)イミダゾリウム環間の相関を示した模式図.((a)Temperature dependence of neutron diffractionpatterns of d-C8mimPF6(. b)Schematic drawing of thecorrelations between the imidazolium rings.)編集部注:カラーの図はオンライン版を参照下さい.