ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

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概要

日本結晶学会誌Vol58No1

18 日本結晶学会誌 第58 巻 第1 号(2016)日本結晶学会誌 58,18-23(2016)特集 ユニークな分子の凝集構造 ~不均一性・階層性・多形性の立場から~イミダゾリウム系イオン液体の階層的・ガラスダイナミクス東京大学物性研究所 古府麻衣子,山室 修Maiko KOFU and Osamu YAMAMURO: Hierarchical and Glassy Dynamics ofImidazolium-Based Ionic LiquidsWe review our neutron scattering studies on hierarchical structure and dynamics of imidazoliumbasedionic liquids. In the diffraction patters, a peak reflecting the nanoscale segregation of polarand nonpolar domains appeared at around Q= 0.3 A-1, while a peak due to the ionic correlation atQ= 0.8 ~ 1.0 A-1 depending on the anion size. The relaxation of nanostructure, ionic diffusion,imidazolium relaxation and alkyl reorientation were separately observed by means of quasielasticneutron scattering techniques. We have also investigated anion and cation effects on the above motionsand revealed that the hierarchical dynamics of the ionic liquids is mainly governed by the coulombicinteraction between the polar part of cations and anions.1.はじめに1.1 イオン液体とはイオン液体とは室温付近で液体状態をとる塩の総称である.通常の塩では,クーロン相互作用により,融点は数百度(例えばNaClの融点は約800℃)に及ぶが,イオン液体の融点は著しく低い.図1は,よく研究されているアルキルイミダゾリウム系イオン液体(CnmimX:n はアルキル鎖の炭素数,Xは陰イオン)の構造図である.イオン液体の陽イオンは嵩高く,電荷をもつコア部分(イミダゾリウム環)と疎水的なアルキル鎖によって形成される.一方,陰イオンはハロゲンイオン(Cl-,Br-,I-)やさまざまな多原子イオン(NO3-,BF4-,PF6-,[CF3SO2]2N-など)がなりうる.イオン液体は水でも有機液体でもなく,イオンのみからなる新しい液体であり,その多くが両親媒性を有する.そのため,さまざまな特性を示す.例えば,低蒸気圧,難燃性,難分解性などの熱力学的安定性,高イオン伝導性,広電位窓などの電気化学特性,広範囲の物質の可溶性などが挙げられる.これらの特性は,陰陽両イオンを変えることにより制御可能であり,イオン液体はデザイナー溶媒とも呼ばれている.上記の特性を活かした応用研究が精力的に行われる一方で,イオン液体の基礎物性の理解を目指した研究も行われてきた.本稿では,これまでにわれわれが中性子散乱測定により明らかにした,イミダゾリウム系イオン液体の構造とダイナミクスについて紹介したい.1.2 イオン液体の階層構造イミダゾリウム系イオン液体の一番の特徴は,その階層的な構造である.陽イオンのアルキル鎖からなる非極性ドメインと,陽イオンの極性部分および陰イオンからなる極性ドメインが高次構造(ナノ構造)を形成する.1)-4)各々のドメイン内にも特徴的な構造が存在するので,イオン液体は階層構造を有する液体とも捉えることができる.水・油・界面活性剤系などで階層構造が見られることはしばしばあるが,単一成分の液体でこのような構造が現れることは非常に興味深い.われわれは,中性子回折実験によりナノ構造に対応する高次ピークの温度変化を詳しく調べ,ナノ構造の特徴を明らかにしようと試みた.5),6)1.3 イオン液体のダイナミクスイオン液体では,階層構造に起因する種々の緩和運動が存在すると考えられる.イオン液体の動的性質は,微視的運動は核磁気共鳴(NMR)や中性子準弾性散乱(QENS)など,巨視的挙動は粘弾性,誘電率,イオン伝導率などにより調べられてきた.しかしながら,複数の運動モードが存在するイオン液体において,統一した結果が得られているとは言い難い.種々のプローブの中でもQENSは,緩和運動を空間(1 ~ 100 A)と時間(1 ps~ 10 ns)について同時に調べることができるユニークな手法である.われわれは,QENSを用い,それぞれの運動を分離して測定することにより,階層的ダイナミクスの全体像を明らかにすることを目指した.6),7)イミダゾリウム系イオン液体のさらなる特徴として,図1 C8mimPF6の構造図.(Molecular structure of C8mimPF6.) ガラス形成能が高いことが挙げられる.イオン液体のガ