ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

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概要

日本結晶学会誌Vol58No1

14 日本結晶学会誌 第58 巻 第1 号(2016)山室 修,水野勇希,古府麻衣子現されていなかった.筆者のグループでは,これまでに次節に述べるような低温蒸着法(冷却速度は107 Ks-1以上)を開発し,X線・中性子線の散乱測定や熱容量測定を用いて,分子ガラスの構造や低エネルギー励起を研究してきた.3),15)-24)これまでに作成した蒸着分子ガラス(通常の液体急冷法では結晶化するもの)は,水,メタノール(CH3OH),二硫化炭素(CS2),四塩化炭素(CCl4),プロペン(CH2 =CHCH3),エテン(CH2=CH2)などである.ごく最近,二酸化炭素(CO2)のガラス作製にも成功した.25)本稿では,それらの研究の中から,特にガラスになりにくいいくつかの分子の構造研究について解説する.2.低温蒸着クライオスタットこれまでわれわれは,熱容量,3)X線回折,25)中性子散乱,17),19)のそれぞれの実験に適した蒸着用クライオスタットを開発してきた.これらの装置で必要なのは,蒸着試料のin situ 実験ができること,低温で蒸着できること,少量の試料を長時間かけてゆっくりと蒸着できることである.蒸着速度が速いと,凝縮熱による局所的な温度上昇のため,結晶化が起こりやすい.試料量が少ないため,もともとの装置の測定精度やビーム強度が高いことも必須条件となる.一例として,図2 にX線回折用のクライオスタットを示す.25)この装置は試料水平型のX線回折装置(RigakuUltima III)に設置されている.試料ホルダー(蒸着基板)にはSi無反射板を用いており,これが冷凍機により約3 Kまで冷却される.試料ホルダーの底面には温度計とヒーターが設置されており,3 ~ 300 Kの温度範囲で10 mK程度の精度で温度制御できる.真空ジャケットと輻射シールドに取り付けたX線透過窓にはベリリウム箔が用いられている.蒸着する気体は,気体導入管を通じて外部の蒸着ラインから導入され,先端に取り付けた気体噴出管(多孔体燒結金属製)から噴出する.蒸着気体が凝縮しないように,気体導入管にも温度計とヒーターが設置されている.蒸着ラインには,メータリングバルブが直列に2 個設置されており,精密な流量調整が可能である.流量はメータリングバルブ下流のバラトロン圧力計(p <10 Torr,Δp = 10-3 Torr)によりモニターされ,蒸着量は上流のバラトロン圧力計(p < 1000 Torr,Δp = 10-1 Torr)で読み取った圧力変化により決定される.もちろん,ライン全体の体積は正確に測定されており.装置全体が温度制御された室内に置かれている.熱容量測定に用いる断熱型熱量計や中性子散乱用のクライオスタットに設置された蒸着装置も,基本的には上記のものと同じ構造を有する.また,これらの装置においては,測定前に蒸着チューブを引き抜くための機構も取り入れられている.蒸着法で作製したアモルファス固体が,液体を急冷して得られた通常のガラスと同じか否かということもよく質問される.実際に,アモルファス氷を10 K 以下の低温で蒸着して作製した場合,水素結合が壊れた高密度アモルファス固体になることや,6)インドメタシンなどの平板状の大きな分子を蒸着した際,高密度で基板に対して分子の向きが揃った構造をもつこと26), 27)が知られている.また,後にも述べるように,蒸着法で得たアモルファス固体は,ガラス転移温度(Tg)より低温で結晶化することが多々ある.このようにガラス転移が観測できない物質をガラスと呼ぶことには,もちろん抵抗がある.しかし,ペンテン23)やブチロニトリル28)などの蒸着法と液体冷却法の両方でガラスが得られる分子性物質では,蒸着ガラスと液体急冷ガラスが,熱的・構造的にほぼ同等であることが確認されている.また,比較的単純な分子では,蒸着気体の温度,蒸着速度,予想されるTgから考えて,気体が固化する前に,粒子が凝縮してほかの分子とともに基板上を液体のように動き回る状態を経由していると考えられる.このような理由から,本研究では,蒸着によって得られたアモルファス固体を特に区別することなくガラスと呼んでいる.3.CS2 およびCCl4 ガラスの中性子回折低温蒸着法のような特殊環境実験に対して,中性子散乱法は非常に適している.これは意外と思われるかもしれないが,中性子は透過性が非常に高いため,特殊な試料ホルダーやシールドなどを容易に設置できる.また,中性子は原子核で散乱されるため,原子形状因子がなく容易に高Qまで十分な散乱強度が得られるという利点やこれから述べるCS2やCCl4 のように原子番号が大きく離れている原子からなる分子を解析しやすいという利点もある.もちろん,放射光X線回折に比べれば強度が弱いこと,大型施設特有のマシンタイムや装置持込の制約が図2 低温蒸着試料用X線回折クライオスタット.(X-raydiffraction cryostat for low-temperature vapor-depositedsamples.)