ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

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概要

日本結晶学会誌Vol58No1

日本結晶学会誌 第58巻 第1号(2016) 13日本結晶学会誌 58,13-17(2016)特集 ユニークな分子の凝集構造 ~不均一性・階層性・多形性の立場から~低温蒸着法で作製した単純分子ガラスの構造東京大学物性研究所 山室 修,水野勇希,古府麻衣子Osamu YAMAMURO, Yuki MIZUNO and Maiko KOFU: Structures of SimpleMolecular Glasses Prepared by Low-Temperature Vapor-Deposition TechniquesThis article reviews our structural works on simple molecular glasses prepared by a lowtemperaturevapor-deposition(VD)technique. Following the general interest in simple molecularglasses, the glass-forming ability and required cooling rate are described for popular simple molecules.Then the necessity of the VD method and the actual VD-type cryostat used for our X-ray diffractionexperiment are presented. The neutron diffraction data of CS2 and CCl4 glasses and the X-raydiffraction data of CO2 glass are demonstrated. The CO2 glass is the simplest glass with bulk quantitywhose structure was investigated by the diffraction method. The significant orientational correlationbetween neighboring molecules was found in all of the glasses taken up in this article.1.はじめに単純な粒子のガラスの基本構造を明らかにすることは,古くからの不規則系物理学の重要なテーマである.ガラス転移の機構に協同的再配置領域(CRR)1)などの短距離秩序構造が重要であることが明らかになるにつれ,2),3)ガラスの基本構造の重要性はますます高まっている.金属に関しては,最近Ta などで単原子のバルクガラスが得られ,その構造が正20 面体を基本とするものであることがわかってきた.4), 5)一方,2 原子,3 原子などの単純な分子ガラスの構造研究は,ガラス転移温度が低く,きわめて結晶化しやすいため,水6)とCCl47)で少し報告があるだけで,ほとんど行われていない.ガラスになる前の状態である液体では,多くの単純分子(N2,CO,CO2など)についてX線や中性子線を用いた回折実験や計算機シミュレーションが行われ,局所構造や分子配向相関が議論されている.8)-14)しかし,高温であるため液体構造は大きく揺らいでおり,明確な結果は得られていない.どのような分子がガラスになりにくいか(逆になりやすいか)ということをよく質問される.一般に言って,低分子量,少原子数,高硬直性,高対称性,非水素結合性の分子ほど結晶化しやすくガラスになりにくい.つまり,ガラスになりにくい究極の分子は水素やヘリウムである.逆に側鎖の配置が無秩序なアタクティック高分子は必ずガラスになる.水素結合ネットワークが高度に発達したグリセロールなども,結晶化することはほとんどない.もちろん多成分系はガラスになりやすい.単純な分子のガラスを作製するには,ひたすら速く冷やすしかない.結晶化(有限の時間が必要)が起こる前にガラス転移温度以下の温度まで冷やしてしまうのである.図1に,これまで私たちが扱ってきた比較的単純な分子について,どの程度の冷却速度でガラスが得られるかを示した.炭素数が4個以上のアルケン(2重結合有り)や3個以上のアルコール(OH基有り)は,さまざまな物性測定の試料容器内で通常の速度(0.1 Ks-1オーダー)で冷却すれば,容易に過冷却しガラス化する.同じような炭化水素でも,より炭素数が少ない分子,ベンゼン環を含む分子になると,1 ~10 Ks-1程度の冷却速度が必要となる.10 Ks-1とは,小さな液滴を液体窒素に落とした程度の冷却速度である.さらに炭素数が少ない分子,剛体的分子になると蒸着法などの特殊な方法が必要となる.図の最下段に示したような非常に単純な分子では,われわれが研究を始める段階では,ガラス状態は実図1 単純な分子のガラス化に必要な冷却速度.(Coolingrates required for vitrifying simple molecules.)