ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

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概要

日本結晶学会誌Vol58No1

日本結晶学会誌 第58巻 第1号(2016) 11PF6-を対アニオンとしたイミダゾリウム系イオン液体の複雑な熱的相挙動とその分子レベルでの理解エラルキー性が観察された点も興味深い.3.3 [C1mim]PF6図6 には,[C1mim]PF6の液体状態,および,結晶状態のRamanスペクトルを示してある.3)[C1mim]PF6 の安定相(α 相)の単結晶構造解析はすでになされていたが,22)筆者らが発見した準安定相であるβ 相については,その構造的知見は皆無であった.Ramanスペクトルにおいては,α相とβ相は,明確に異なる相として観察されている.α 相は,液体のRamanスペクトルに近いのに対して,β相はこれらとは異なっている.α相と比べてピークが全体的にシャープになっていることから,β相はより対称性が高い結晶構造であることが示唆された.その後,筆者らはβ 相の単結晶構造解析に成功し,Ramanスペクトルの結果から予想されたように,きわめて高い対称性を有していることを確認した(図6 下).4)すでに述べたように,[C1mim]PF6系の最大の特徴は,硬い分子構造であるにもかかわらず,結晶多形を示し,かつ,2つの結晶α相とβ相の融点差が50 Kという,これまで報告されたものの中で最も大きいという点にある.[C4mim]PF6の結果で示されたように,また,筆者ら,あるいはその他のグループの結果でも明らかなように,12)-15),23)-25)イオン液体がもつ柔軟性と熱的相変化の関係はきわめて密接である.一方で,[C1mim]PF6 の結果は,(ある種当然ながら,)カチオン・アニオンのパッキングも結晶多形性および物性に多大な影響を及ぼすことを示している.4.結言に代えて以上,イオン液体の熱的相挙動について,筆者らの成果を紹介してきた.イオン液体の熱的相挙動という巨視的な物性を,分子レベルの知見と上手く関連付けられた一方で,「柔軟性も重要だが,必ずしもそれだけではない」というのが現状,大雑把な結論であり,イオン液体の本質的な理解にはほど遠い.本論文では,[Cnmim]PF6系に絞ったが,その他のイミダゾリウム系や,23),24)最近では脂環式のイオン液体の熱的相挙動の解明も進めており,25)熱的相挙動という観点からイオン液体の包括的な理解を目指している.なお本文では詳しく述べなかったが,イオン液体の熱的相挙動において,実験を難しくしているのが,熱履歴現象を示す性質である.試料によっては,まったく同じロットのイオン液体の熱量測定をしても,結果が異なることがあり,一体何を観察しているのか,混乱することがしばしばあった.筆者らはRaman /熱量同時測定装置26)を開発しており,これが,本論文で紹介した成果につながったことを付言しておきたい.1992年に室温かつ空気に安定なイオン液体が報告されて以来,27)イオン液体の研究は急速に進んでおり,最近では,帯電防止剤としてなど,実用化されたものも見られる.「イオン液体の実用化」は,今後さらに加速するものと予想される.一方で,いくつかのイオン液体は,液晶相や柔粘性結晶相を発現し,液体状態でも,ドメイン構造(イオンの極性部位と非極性部位のナノレベルの相分離)28)やpercolating network29)を示すなど,構造性の高いきわめてユニークな液体である.基礎科学の観点から,イオン液体の本質的な理解と新たな分子論的側面の発見を目指して,研究を進めていきたい.謝 辞熱測定では,千葉大学の東崎健一教授に,単結晶X線構造解析では,同大学の桝 飛雄真准教授,森田 剛准教授,藤井幸造博士に尽力いただいた.千葉大学の今成司博士および関 宏子准教授,横浜薬科大学の水島規子准教授,カリフォルニア大学デービス校のSen 教授にはNMR測定とその解釈において,有意義な議論をしていただいた.また,筆者らが当時所属していた研究室の学生の方々には,興味深いデータを多く出してもらった.この場を借りて感謝を述べたい.なお,本研究の一部は,科研費特定領域「イオン液体の科学」,基盤研究(A)「超高感度熱測定による物質科学の新展開」,およびJSPS海外特別研究員制度の支援を受けた.文 献1) J. S. Wilkes: Green Chem. 4, 73( 2002).図6 [C1mim]PF6のRamanスペクトル(上)とβ相の結晶構造(下)(.Raman spectra of[ C1mim]PF6( top)and the crystal structure of the β phase( bottom).)