ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

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概要

日本結晶学会誌Vol58No1

10 日本結晶学会誌 第58 巻 第1 号(2016)遠藤太佳嗣, 西川惠子[C4mim]PF6 の1Hおよび31P NMRのM2の温度依存性の結果である.図4上中の点線は,理論式から求めた,カチオンの2 つのメチル基が速い軸性回転をしていると仮定した時のM2の値である.この図から,①すべての結晶状態で,2つのメチル基は速い軸性回転をしている,②加えて,ほかの運動モード,おそらくはブチル基のセグメント運動も存在しており,この運動性は温度とともに上昇する,③セグメント運動の運動性の順列はγ < α ? βである,ことがわかる.一方,図4 下は,31P NMRから求めた,アニオン側のM2の結果である.仮にPF6-が結晶中で運動していないと仮定すると,M2の値は53 Gauss2 になり,実験値とは大きく異なっている.図の結果から,すべての結晶相でPF6-は速い等方的な回転をしていることが明らかになった.図5 には,[C4mim]PF6の1Hおよび31P T1から求めた,相関時間(τC)の結果を示す.T1から求めた相関時間は主にns ~ psの回転的な運動を反映している.1H T1 からは2 種類の運動が観察され,速い運動はブチル基末端のCH3の回転運動と帰属された.遅い運動は,ブチル基のセグメント運動だと考えられるが,それぞれの結晶相で別の運動を見ている可能性もある.一方で,アニオンの運動は,M2で見られたPF6-の等方的な回転運動だと考えられる.また,興味深いことに,イオン種にかかわらず,すべての運動モードで,γが最も遅く,β相が最も速いという結果になった.これは,図2右に示したそれぞれの結晶相の熱力学的な安定性と,きわめて良く一致する.すなわち,熱力学的に不安定な相ほど,カチオン・アニオンともに速い運動を有しているということであり,結晶相の熱力学的な安定さというマクロ物性と,分子運動というミクロ物性が良く関連付けられた結果となった.なお,図5 下には(過冷却)液体状態のアニオンの相関時間も示してあるが,これが,α 相とほとんど同じであった点も興味深い.分子の運動性は,一般的に,液体状態のほうが結晶状態よりも高いことが予想されるが,本実験の結果は,必ずしもそうならないことを示している.結晶状態に存在する運動モードの速さの順列は,等方的なPF6-の回転>カチオンブチル基末端のメチル基の軸性回転運動>ブチル基のセグメント運動となっている.それぞれの運動モードで,一桁程度の運動性の違いが確認された.T1 測定には検出されていないが,カチオンの3位のメチル基の軸性回転運動は,PF6-の回転運動よりもさらに速いオーダーであると考えられる.19)一方,結晶状態では存在しないが,液体状態において,カチオン全体の回転運動は,室温付近で数nsと見積もられている.20)液体状態での,イオンの並進運動では,カチオンもアニオンもそれほど変わらない速度であることが知られているが,21)回転運動では,カチオンとアニオンでオーダーが異なり,また,カチオン内でもそれぞれの運動モードで速度は大幅に違うという,いわば運動のヒ図4 [C4mim]PF6のNMR二次モーメント(M2)の温度依存性.(Temperature dependence of NMR second momentof[ C4mim]PF6.()上)1H NMRの結果.点線はカチオンの2つのメチル基が速い軸性回転している時の理論値.(下)31P NMRの結果.点線はアニオンが速い等方的な回転をしている時の理論値.図5 T1から求められた[C4mim]PF6の回転相関時間の温度依存性.(Temperature dependence of rotationalcorrelation time of[ C4mim]PF6.)1H(上)および31P(下)NMRの結果.1H T1 では,2 つの運動モードが観察された.