ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

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概要

日本結晶学会誌Vol58No1

8 日本結晶学会誌 第58 巻 第1 号(2016)遠藤太佳嗣, 西川惠子ク分離能が向上し,複雑な熱的相挙動をもつサンプルには効果的である.また,遅い相挙動を追うためには遅い掃引速度での実験が必須である.これらのイオン液体はすべて,融点が373 K以下という,イオン液体の定義に収まっている.アルキル鎖が長くなるにつれて,融点は単調に減少している.これは,イオン液体では一般的な挙動であり,アルキル鎖の伸長による,イオン間相互作用の低下と液体状態でのエントロピーの増大が原因であると考えられる.なお,アルキル鎖をさらに長くしていくと,融点は一般的に上昇する傾向にある.6)これは,アルキル鎖間のファンデルワールス力が顕著に表れてくるためである.結晶化挙動のほうは,融解よりもやや複雑であった.大枠的にはアルキル鎖が短いほうが結晶化温度が高く,直観とも一致するが,[C2mim]PF6 および[C3mim]PF6 ではやや逆転している.また,[C4mim]PF6では,冷却過程では結晶化せず,一度ガラス化した後,温度を上げていく過程で結晶化している(冷結晶化).測定温度範囲内で,[C2mim]PF6 ,[C3mim]PF6 では融解,結晶化以外のピークは見られない.一方で,[C4mim]PF6 では,冷結晶化の後さらに温度を上げると,2つの吸熱ピークが観察された(観察されたそれぞれの結晶相を低温側からα,β,β’ とする).α 相が得られたのち,温度をもう一度ガラス転移温度(約196 K)程度まで下げてから上げても,熱量トレースに変化はみられないが,β相の場合は,昇温過程で,幅広い発熱ピークが,α → β相変化とほぼ同じ温度に観察された(図2 左).これは,新しい結晶相(γ 相)の発現を意味している.熱量測定から得られた結果をまとめると,[C4mim]PF6の相変化挙動は図2右のようになる(β’については表記していない).γ相は,熱力学的に最も安定な相である.α 相とβ 相は,少なくとも低温領域では,α 相のほうが安定と言える.α → β とβ → γ の相変化はほぼ同じ温度領域で起き,またβ 相とγ 相の融点もほぼ同じである.[C4mim]PF6は,最も代表的なイオン液体の1つであるため,熱的相挙動に関してこれまで多くの報告があったが,結晶相の数については2 つ以上とは言われていたものの,統一した見解が得られていなかった.7)-10)また,基本的な物性の1 つである,融解エンタルピー(ΔH)は,9 kJ mol-1から20 kJ mol-1程度と2 倍以上の分散をもっていた.7),9)筆者らの結果から,これは,結晶相が4 つ存在し,かつ,いくつかの相変化温度がきわめて近い位置にあるためであったと言える.また,相変化がきわめて遅いため,実験条件によっては,相変化に追随できていなかったことも大きな混乱を生んだ一因である.融解エンタルピーの大きな分散は,それぞれのグループが異なる多形結晶を観察していたためということが結論付けられた(ΔHβ= 13.1 kJ mol-1,ΔHγ = 22.6 kJ mol-1).5)これら[C4mim]PF6の複雑な熱的相挙動の原因は,側鎖のブチル基に起因することも見出した(詳細は後述).一方で,[C1mim]PF6については,側鎖に柔軟な構造をもたないにもかかわらず,[C2mim]PF6 ,[C3mim]PF6 には見られない結晶多形を示した(低温側からα 相,β 相とする).3)β相は準安定相であり,容易にα相に変化する.ここで興味深いことは,これらの2つの結晶相の融点(Tm)が50 Kも異なっている点である(Tmα= 364 K,Tmβ= 314 K).多形結晶は当然異なる結晶構造を有するため,異なる融点をもつこと自体不思議なことではない.しかしながら,[C1mim]PF6という,対称的かつ硬い分子構造をもつイオン液体でありながら,50 Kという,図1 [Cnmim]PF6の熱量トレース.(Calorimetric traces of[Cnmim]PF6.)矢印は掃引の方向を示す.[C1mim]PF6の差込図はβ → αに変化する前に,昇温に切り替えた結果.[C4mim]PF6の差込図は融点近傍の拡大図.図2 [C4mim]PF6の熱量トレース(左)と相変化ダイアグラム(右).(Calorimetric traces of[C4mim]PF6 (left)and its schematic phase diagram.)左図では,図1 とは異なり,昇温過程でβ相を得た後,ガラス転移温度(約196 K)程度まで一度下げ,再び昇温した.