ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No1

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概要

日本結晶学会誌Vol58No1

日本結晶学会誌 第58巻 第1号(2016) 5ユニークな機能性をもつ有機金属系イオン液体の開発な配向結晶組織が生じる.すなわち本系は,磁場で固まり方を制御できる特異な磁性流体である.この磁場配向の発現には,構成分子だけでなく,結晶全体としても磁気異方性をもつことが必要条件である.実際,低温でこの塩の構造解析を行った結果,結晶格子内でフェロセン骨格(C5軸)が同一方向(c軸方向)に揃った分子配列をもち,結晶が磁気異方性をもつことが確認された(図9).この磁気異方性は,磁場配向試料のX線回折およびESRの結果とも整合する.このほかに置換基が異なるいくつかの物質についても磁場効果を検討したが,磁場配向が起きない場合も多く,磁気異方性が小さい(格子内でカチオン同士が異なる方向を向いた)結晶構造をとる物質は磁場配向を起こさない.配向無秩序相を経由する物質でも,同じ理由で磁化率制御は困難である.この系で磁場配向が良好に起こるのは,結晶化過程において,液体中で結晶核が磁場配向を起こしながら結晶成長を起こすためと考えられる.実際,より低粘度のフェロセン系イオン液体では磁場配向の制御性が低く,これは結晶化速度が速いためである.4)薄膜状態や微小空間に液体を保持した場合も磁場配向は起こらず,この結果も上の機構を示唆している.液体の凝固に対する磁場効果に関しては,古くから酸化物や反磁性有機物を対象とした研究が多数あるが,このように弱磁場勾配下で容易に磁場配向を制御できる系はきわめて珍しい.この現象は新たな配向制御原理であり,室温付近で履歴をもつため,一種の磁気記録原理ともみなせる.この現象は,磁気異方性をもつ磁性流体を用いることによって,初めて実現したものである.6.融解における偶奇効果と結晶構造の相関本節では,融解現象における偶奇効果の原因が,結晶構造解析によって明らかになった例について述べる.15)サンドイッチ型錯体系イオン液体(図2a)のTf2N塩では,カチオン側の置換基に対する融点の依存性は比較的単純である.置換基(R)がHまたはMeの塩は高融点固体であり,高温ではしばしば配向無秩序相が現れる.エチル基以上の長さの置換基をもつ塩は多くが室温液体となり,一般のイオン液体と同様,適当な炭素数のところで融点に極小が現れる.また,図2c の系との比較から,カチオン骨格の対称性が下がると配向無秩序相が現れにくくなり,融点が下がる傾向が見出されている.4)一方,ジエチルコバルトセンをカチオンとするイオン液体(図10 挿入図,R=Et)を対象として,アニオン側の炭素鎖を伸長した場合の効果を調べた.その結果,この系の融点および融解エントロピー(固相転移の寄与も加えたもの)において,炭素鎖数n に対する顕著な偶奇効果が認められた(図10).この現象には結晶構造が関与していると推測したが,これらは液体であるため,構造解析ができない.そのため,無置換のコバルトセンを同じアニオンと組み合わせた一連の塩(図10挿入図,R=H)を合成した.これらは高融点(融点138 ~ 192℃)であり,X線構造解析に適している.これらの塩でも同様の偶奇性が認められ(図10),このうちn が偶数の塩では,高温で配向無秩序相が見られた.X線構造解析の結果,nの偶奇によって結晶構造が劇的に異なることがわかった.nが偶数の塩ではカチオンとアニオンが交互積層したカラム構造が形成されているのに対し,奇数の塩ではカチオン・アニオンがそれぞれ独立にカラムを形成していた(図11).融点や構造に関する偶奇則は,直鎖アルカンやアルキルイミダゾリウム塩でも見られるが,16)本系ではより顕著である.n が偶数の塩のみで配向無秩序相が発現する点も,この分子配列と合致している.なお,これらの塩は共通して低温で相転移を示すが,その前後で構造解析を行った結果,多くの場合,アニオ図9 [Fe(C5Me4Bu)( C5Me4H)][Tf2N]の結晶構造(100 K).(Crystal structure of [Fe(C5Me4Bu)( C5Me4H)][Tf2N].)図10 [Co(C5H4R)2][N(SO2CnF2n+1)2]の融解エントロピーの炭素鎖長依存性(R=H,Et;n=1~4).( Meltingentropies of [Co(C5H4R)2][N(SO2CnF2n+1)2].)