ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No6

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概要

日本結晶学会誌Vol57No6

336 日本結晶学会誌 第57 巻 第6 号(2015)北郷 悠12.0 mg/mLという若干高いタンパク質濃度において,0.1 M Tris-HCl pH 7.8,1.7 M sodium acetate という結晶化条件で結晶が得られ,3.20 A分解能での構造解析に成功した.この結晶は,プロペプチド複合体とは晶系がまったく異なり,同じようなパッキングでリガンドだけが入れ替わった構造ではないことが示唆された.プロペプチド複合体と同様に,リガンドフリー体のβ プロペラー部をサーチモデルとした分子置換を実行すると,10CCb部分がディスオーダーしたモデルが得られた(図3c).この10CCb部分のオーダー/ディスオーダーがどのファクターによって左右されているのかは不明だが,10CCb部分がある程度自由な可動性をもっているのは確かであると言える.10CCb部と外縁部に位置するループが数カ所ディスオーダーしていた以外は,L1,L2部分の構造変化も含めてほぼプロペプチド複合体と同様の構造をとっており,プロペプチド複合体でのリガンド認識部位である1枚目のβシート内縁部には,導入したAβ6-15 ペプチドに相当する伸びた電子密度が確認された(図4b).よってAβ6-15ペプチドもpro14-28と同様のリガンド結合をしているとわかったが,ペプチド側鎖に該当する電子密度が貧弱であり,アミノ酸のアサインには不十分であると判断されたため,最終構造はポリアラニンとしている.これは,分解能もしくはデータ精度に原因がある可能性は否定できないが,第2 項で示した生化学的手法による結合アッセイの結果を踏まえると,sorLA Vps10p によるAβの結合モードが一通りに定まっておらず,いくつかの結合モードが結晶中で共存している可能性も十分にあると考えられる.3.5 結晶構造解析からわかること以上の結晶構造解析結果をまとめると,sorLA Vps10pドメインは自身のβ プロペラー内部,1 番目のβ シート内縁部を使ったβ シート拡張によって,リガンドペプチドをモノマー状態で補足する機能をもつことがわかった.この結合には主として主鎖同士の水素結合が寄与しており,周辺環境からの影響がある程度考えられるものの,リガンドの側鎖,つまりはリガンドペプチドの配列が厳密には影響しないという,一般的なタンパク質とは正反対の結合モードであることが明確に示された.では認識されるリガンドペプチドのアイデンティティはどこにあるのかという疑問が出てくるが,sorLA Vps10p ドメインのリガンド結合部と極端な立体障害もしくは静電的な反発を起こさないことはもちろんだが,それに加えてβシート拡張による認識という様式から,リガンドペプチドも伸びたβ ストランドを作りやすい配列ということが予想される.このことは,既報のリガンドペプチドを,β凝集の傾向を見積もるPASTAサーバー11)によって計算してみると,すべてのリガンドペプチドで高い値を示す配列が存在し,特にプロペプチドとAβペプチドではまさに結合箇所とその配列が一致することからも支持される.以上結晶構造解析の結果から,sorLA Vps10p ドメインは,β凝集を起こす傾向のある広範囲のペプチド類を,あまりアミノ酸配列に依存せずにモノマー状態で認識することができると結論付けられる.3.6 アルツハイマー病発症に関係する点変異G511R の影響本稿の背景の項において,sorLA分子がアルツハイマー病と強く相関しているという報告を紹介した.2012年に報告された,家族性アルツハイマー病の一部で有意に見られるsorLA遺伝子(SORL1)上の変異のうち,筆者らはVps10pドメイン上に点変異として現れるG511Rが,タンパク質の発現やフォールディングには影響を及ぼさないにもかかわらず,Vps10pドメインのペプチド結合能を完全に失わせることを示した.5)今回明らかとなったVsp10pドメインの立体構造上でGly511 の位置を確認すると,驚いたことにGly511はリガンドペプチド認識部位とは30 A程度離れており,直接の影響は考えられなかった(図3).このGly511 をArgのほか,Glu,Phe,Lys,Leu,Glnといった残基へ置換した変異体を調製し,FPアッセイによってそのリガンド結合能を調べると,いずれの変異体も正常に分泌発現される,つまり正しくフォールドしていると考えられるにもかかわらず結合活性を消失していた.このGly511 が,L2ループ終端の,分子動力学シミュレーションにおいて非常に運動性が低かったβ シートの根元に存在することから推測して,Gly511 が嵩高い側鎖をもつ残基に置換されることによって,リガンド認識時にL1ループおよびリガンドペプチドと協調的な動きを見せるL2ループの構造もしくは安定性が影響を受け,その結果リガンドペプチドとの結合活性が消失するのではないかと予想される.4.終わりにここまで述べたように,筆者らは生化学的手法による結合活性測定と結晶構造解析の結果から総合的に判断し,sorLA Vps10pドメインは,βストランドを形成しやすい傾向にあるペプチド配列を「特異的に」認識することを明らかにした.このβストランドを作りやすい,つまりβ 凝集を起こしやすいという性質は,細胞にとって,つまり個体にとって有害であり,sorLAがそのようなペプチドを,Vps10pを使って補足し,分解系へと導いていると考えることは,筆者らが提唱したsorLAの機能の面からも,今回明らかにしたsorLA Vps10p ドメインのリガンド結合特性の面からも,きわめて妥当であると言える.筆者らはsorLAがアルツハイマー病に対して保護的に働いていることの分子メカニズムを提唱しているが,今回の構造機能解析の結果から,アルツハイマー病の原因因子であるAβペプチドに限定されない,個体に