ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No5

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概要

日本結晶学会誌Vol57No5

日本結晶学会誌 第57巻 第5号(2015) 299中性子結晶構造解析で明らかになったビリン還元酵素PcyA基質複合体の2 つの水素化状態と構造的特徴ルス中性子であり,飛行時間法「Time-of-flight(TOF)」で回折実験を行うことになる.X線回折実験でいうとラウエ実験に似ているが,時間軸方向に異なる波長由来の回折点の分離ができるため,回折点の重なりは,回折中性子の位置と検出時間の両方で分けることで軽減できる(図2).11),12)単波長での実験よりも,一度の照射でたくさんの回折点を集められるため,データ収集時間は短く済む.照射時間はビームタイムスケジュール,空間群,分解能,completeness,redundancy などの兼ね合いで決めた.今回は1回照射につき9時間で,静止像24データ(照射)を収集した.データ収集の結果は表1 に示す.光が当たらないように,実験ハッチの電気を消し,キャピラリーにアルミホイルを被せてデータ収集を行った(アルミホイルによる中性子の吸収は大きくない).同じ結晶を用いて,放射光施設Photon Factory(PF,つくば)のBL5Aで,X線回折実験を行った.中性子用の結晶が非常に大きいため,X線回折実験では,1°振動で,1ショットずつ結晶の位置をずらしてX線を照射した.ただし,その結晶から常温で4セット分のデータを収集したためか,照射ビームに重なりがあったことが考えられる(その影響があったことが示唆された(後述)).X線照射による還元の影響をより少なくするためには,X線照射ごとの結晶の位置をもっと大きくずらして,確実に照射の重複のない1 データセットを収集したほうが良かったのではないかとも,解析後の現在思っている.4.PcyA-BV 複合体の構造4.1 中性子構造とX 線構造で違いが見られた4.1.1 Glu76 の構造の違い1 σ以上の回折強度データを使用した時,最外殻のI/σI が2.0を上回ったこと,Rsymの最外殻の値が0.2程度と充分小さかったこと,completenessが80%以上あることなどの統計値に加え,計算した中性子散乱長密度が明瞭だったことなどから総合的に判断し,この構造解析では高角側は1.95 Aに相当する回折点までを使った(表1,2).以前の“低温”X線PcyA-BV複合体構造を初期構造として,プログラムPHENIXを用いて,X線と中性子の回折強度データの両方を用いたジョイントリファイメントで構造解析を進めた.その初期の段階で,X線構造と中性子構造の間に1 カ所違いがあることに気付いた.Glu76の周辺の電子密度図と中性子散乱長密度図の両者で残余密度が見られ,それらが有意に異なっていた(図3A).しかもGlu76の中性子散乱長密度は低く丸い形であり,以前の“低温”X線解析の時に見られた二重コンフォメーションのようには解釈できなかった.Glu76の温度因子は大きく,揺らぎが大きい.また,Glu76近傍とBVのD環ビニル基の近辺に低いながらFo?Fc中性子散乱長密度があったことから,ごく一部のGlu76 は構造変化を起こしており(図3A),一部プロトンが移動したことが示唆された.残余の中性子散乱長密度が見られたのは,結晶化条件に含まれるナトリウムと中性子の相互作用で生じる微少なprompt γ-ray によるごくわずかな還元反応のためではないかと考えている.また,常温で回折強度データ収集を行ったため,X線構造のほうはX線照射による還元の影響を相当受けてしまったのではないかと推測する.ただし,X線回折データ収集日が中性子回折データを収集してから半年も経っていたため,X線構造には,光による構造変化など,ほかの因子の影響があったことも否定できない.ちなみに今回の“常温”X線構造のGlu76では,BVビニル基とGlu76の電子密度はつながってしまい,Glu76のコンフォメーションは単一であった.これは以前の“低温”X線構造とも異なっていたことになる.“低温”X線構造もX線による還元の影響を受けており,100 K程度の低温下ではその2つのコンフォメーションが安定だったのではないかと思われ表1 中性子回折データ収集条件とデータ統計値.(Data collection conditions and data statistics.)波長(A) 3.0-5.6, TOFスリットサイズ(mm) 5.0 φ露光時間9 hours/one data set試料-検出器面間距離(mm) 490.0検出器の数(台) 30データ数24統計値空間群P21212単位格子長(A) a = 71.0,b = 97.4,c = 43.6分解能(A)(最外殻) Infinity-1.95(2.02-1.95)全回折データ構造解析に使った回折データ(> 1 σ)I/σI 5.72(1.48) 6.44(2.07)Completeness(%)93.6(86.6) 80.7(57.6)観測された反射78,063 59,105独立の反射21,333 18,389Redundancy 3.66 3.21*Rsym 0.164(0.394) 0.122(0.200)* Rsym= ΣhklΣi|Ii (hkl)-<I(hkl)>|/ΣhklΣiIi (hkl),<(I hkl)>は複数回測定点(等価の反射)の強度の平均値表2 PcyA-BV構造精密化統計値.(Refinement statisticsof the PcyA-BV structure.)PDB code 4QCD分解能(A) 21.2 - 1.95#Rcryst 0.167$Rfree 0.226r.m.s. 結合角(°) 1.38r.m.s. 結合長(A) 0.011C原子数1,337N原子数341O原子数569重水素原子数760水素原子数2,075#Rcryst=Σ|Fob(s hkl)-Fca(lc hkl)|/Σ|Fob(s hkl)|$ Rfreeは精密化に用いられなかった5%のデータで計算したRcryst