ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No5

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概要

日本結晶学会誌Vol57No5

286 日本結晶学会誌 第57 巻 第5 号(2015)藤井康裕,是枝聡肇,清水荘雄,谷口博基は入射光の振動数を中心として対称な位置に非弾性光散乱が観測される.双極子放射の電場振幅はμ¨(t)に比例するから,rjk Q≡ jk∂∂?? ??? ?ασ 0とすればラマン散乱光強度はI r E jsjk kk∝?? ??? ?Σ2(3)となる.rjk はラマン分極率,あるいはラマンテンソルと呼ばれ,テンソル成分の大きさは結晶と格子振動の対称性によって特徴付けられる.1)rjkが0でない値をとる場合にラマン散乱が観測されるので,いくつかの光散乱配置,偏光配置でスペクトルを観測することでモードの対称性を決定することができる(ラマン選択則).ここで,実験室系に対して結晶を回転させる場合を考える.結晶表面の反射率の変化を無視すれば,系の回転に伴って観測されるラマン散乱強度を求めるには実験室系におけるラマンテンソル?Rを計算すればよく,これは回転行列Tを作用させることにより?R=T?1RT (4)と表せる.なお,光散乱を記述する場合,ラマンテンソルの主軸座標系を基準として入射光および散乱光の方向や偏光方向が記述される場合が多いが,顕微分光においては散乱配置が事実上固定されるので,実験室座標系で光散乱を記述したほうが見通しがよい.以降本稿では,図1aに示すような後方散乱配置の顕微ラマン分光系を想定する.すなわち,直線偏光したレーザー光を対物レンズを使って試料に集光・入射し,試料で生じた散乱光を同じ対物レンズで集めてコリメートする光学配置をとり,また,入射偏光に平行または垂直な方向の検光子を通してから分光器に導く系である.実験室座標系をXYZで記述することにし,入射光の進行方向をX_,偏光方向をY,散乱光の進行方向をXととる.また入射光の偏光に対して平行(||Y)もしくは垂直(||Z)な方向の偏光を通す検光子を用いることによって,それぞれ平行または垂直ニコルの散乱光強度を測定する.*1実験室系のラマンテンソル?Rを用いると,平行および垂直ニコルにおけるラマン散乱強度は,I ||∝r?YY2,I⊥∝r?ZY2 と表される.式(3)において,光散乱強度が電場の和の二乗で表されることに注意すると,一般にラマン散乱強度には複数のラマンテンソル成分に対応する電場同士の“干渉”効果が現れ,テンソル成分の符号や大きさ,位相を反映した偏光方向依存性が生じることがわかる.したがって,これを定量的に観測することによって系の異方性を評価することができる.2.2 半波長板を用いた角度分解偏光ラマン測定前節では顕微分光系に対して結晶を回転させた場合のラマン散乱に触れたが,微小領域の異方性評価に際してより多くの利点を有する方法として,偏光配置を回転させる実験手法を紹介する.図1b はその概略図で,対物レンズの手前に半波長板を配置することにより,それ以降の偏光配置を回転させる様子を示している.この測定方法は,結晶を光軸周りに回転させることと原理的に等価であり,T = ?sinθ??????????1 0 000cosθsinθ cosθ(5)ととることに対応する.偏光方向をθ 回転させる状態の波長板を追加してY方向に偏光した光を入射すると,Y軸に対してθ 回転した入射光が試料に集光されて振動双極子を誘起することになる.その結果としてθ 方向(平行ニコル)とθ + π/2 方向(垂直ニコル)に偏光した散乱光が生じるが,逆方向(X方向)に進行する光が同じ波長板を通過すると,その偏光方向は-θ回転する.したがって平行ニコルおよび垂直ニコルの散乱光はそれぞれ分光器側においてY軸とZ軸方向を向くことになり,既存の分光系における偏光配置を乱さない.一般にミラーや回折格子などの光学素子には偏光特性があることから,偏光方向が回転してしまうと定量的な強度測定ができなくなってしまうが,この方法ではそのような実験的エラーは無視できる.また,原理的に波長板の回転によって焦点位置(観測領域)がずれることがないため,微小領域を対象とする定量測定には特に有利で,また可動部が波長板のみであるので外場印加下での測定が容易である.一方,結晶を回転させながら不均一構造を観測するには厳密に焦点を中心とする回転が求められるが,これには高度な機械的制御を必要とし,実験誤差の要因となる.また,温度制御や外場印加のためにクライオスタットなどの機器を必要とする場合には,これらを試料とと* 1 図1では作図の都合で光軸とX軸が一致していないが,実際にはそれらが一致していることを想定している.図1 角度分解顕微偏光ラマン分光システムの概要.(Schematic of an angle-resolved polarized micro-Raman spectroscopic system.)(a)は通常の典型的な顕微分光装置,(b)対物レンズ直前に配置した半波長板による入射光および散乱光の偏光回転の概略図.