ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No5

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概要

日本結晶学会誌Vol57No5

280 日本結晶学会誌 第57 巻 第5 号(2015)波多 聰,光原昌寿,中島英治,池田賢一,佐藤和久,村山光宏,工藤博幸,宮崎伸介,古河弘光品化され普及が進んでいる一方,色収差の補正はいまだに実験段階であることを踏まえると,試料内で非弾性散乱する入射電子が増加した場合,TEMでは対物レンズによる結像に色収差の影響が強く出て転位線がボケてしまう(a).それに対して,結像レンズ系を用いず後焦点面位置で透過電子を計数して画像化するSTEM(b)では,TEMだと転位線がボケる試料厚みでも転位線がシャープである.これは,試料傾斜に伴い電子線透過距離が2 倍,3倍と増大する薄膜試料のET観察において有利な点である.3.1.2 3D 再構成画像に転位線を描く試料傾斜角度範囲や像コントラスト(強度差とシャープさ)が不十分で,転位線の位置がオリジナル画像のみから決まらない場合に,3D再構成画像に転位線を直接書き込んでいくというものである.この作業を行うためには,回折図形などから得られる電子線入射方位および試料傾斜軸方向の情報が必須であるが,観察対象の結晶のすべり系が明らかであれば(例えば,通常のFCC金属では{111}/〈110〉),それを前情報として転位線の位置を決めることが可能となる.米国Robertson らのグループは,この手法を用いて,結晶粒界における転位の伝播や転位と析出粒子の相互作用など,転位論の重要なテーマを精力的に研究している.37)-41)3.1.3 超高圧電子顕微鏡の活用加速電圧が1000 kV以上の超高圧電子顕微鏡(HighVoltage Electron Microscope:HVEM)では,加速電圧200 kVの汎用透過電子顕微鏡に比べて電子線の透過能が2倍程度に増大する.そのため,厚い試料でも転位のET観察が可能となり,バルク結晶に近い状態で転位組織解析が行える.44)-48)また,HVEMはエバルト球が大きいため,励起誤差に起因する転位周辺のコントラスト変化が小さく,TEM像においても転位線がシャープに見えるという利点がある.さらに,最近の超高圧電子顕微鏡にはSTEM機能が備わっており,等厚・等傾角干渉縞など,厚い試料で顕著な母相の回折コントラストの影響を排除できるという点では,HVEM-STEMは理想的な3D観察手段と言えるだろう.ただし,加速電圧が高いと高エネルギー電子による原子のはじき出し損傷の頻度が増し,試料内にもともと存在する転位が動いたり,新たに転位ループなどの格子欠陥が生成したりといった現象を引き起こす可能性が高くなることに留意する必要がある.3.1.4 多軸傾斜トモグラフィー試料ホルダーの活用転位をET観察するためには,連続傾斜像の撮影中に,転位の可視化に寄与する回折波の回折条件を一定に保つ必要がある.これは,励起した回折波の回折ベクトルを試料傾斜軸と平行にすることで実現できるが(図6),従来の高角度傾斜対応試料ホルダーでは構造上の制約から困難であった.そこで筆者らは,回折条件を制御しながら高角度までの試料傾斜を可能にする高傾斜3 軸試料ホルダーを開発した(図8).53)これにより,従来は薄膜試料作製時の結晶方位制御33)-36)や入射電子線の傾斜61)に頼らざるを得なかった回折条件の調整を,通常の多結晶試料および通常(入射電子線方向一定)のTEM/STEM観察条件で行えるレベルにまで高められている.なお,この高傾斜3軸試料ホルダーは市販されており,62)主要な電子顕微鏡メーカーのTEM/STEMで使用できる.電子顕微鏡の試料ホルダーは,ユーザーのアイデアを反映させてカスタマイズできる部分であり,ETに限らずさまざまな観察手法とともに試料ホルダーの開発が進められている.3.2 転位のET 観察の応用例と今後の展開転位のET観察の応用例として,以下のようなものが図6 図4a のSTEM連続傾斜像に対応する電子回折図形とその運動学的近似計算.53)(Electron diffractionpatterns and simulated diffraction patterns underkinematical approximations which correspond to theSTEM tilt-series dataset shown in Fig. 4a.53))図7 膜厚約800 nmのγ-Feにおける転位のTEM像(a)とSTEM像(b)の比較.59)(Comparison of TEM(a)and STEM(b)images of a γ-Fe film of about 800 nmthickness.59))